高梁透アレクサンドル 誕生日配信【2020年3月28日】※編集済
【0:29~ 声入り】
「わ、いっぱい来てる……!」
自身の顔の横に映し出されている視聴者数を見て、
お馴染みの会議室にお馴染みの装飾。それらを背景に従えた高梁は動画投稿プラットフォーム『
「えっと、すみません、始まってます? ね?」
ごめんなさい、と浮かれている自分を恥じながら画面に向かって謝罪をする。すると「大丈夫」「謝らないで」というコメントが一斉に流れ始める。今日の主役は君なのだから謝らなくていいのだ、とその光景を見ている全員が彼の擁護に立った。
「いえ、切り替え大事です。特に誕生日ですし」
しかしそれを素直に受け止めるような性格を、高梁は持ち合わせていない。良いも悪いも自分の価値観で、今のは高梁自身の価値観としては『良くないこと』だったのだ。ならばファンもスタッフもそれを飲み込むしかない。
「今日は私の誕生日ですけど、お祝いしに来てくれた人をおもてなしするのも私です。ですので今日はできる限りのことをします!」
え、そんなこと言ってもいいの?
思わず見ている全員が息を呑む。どういうことなのかどぎまぎしていると、高梁は言葉を続けた。
「質問コーナー? やってみたいです。流れてきた質問答える、あこがれだったんですよね」
なるほど、そういうことか!
うきうきと緑の瞳を輝かすこの青年に物申せる人間はいないだろう。尚、このアーカイブは後日若干編集され画面下方に『※この流れは打ち合わせの上で行っています』と付け加えられた。あくまで台本ありき、とのことで胸を撫で下ろしたファンも多いことだろう。
「“
デビュー当初は日本語の指示も読めないことが多かった、とかつてインタビューで語ったロシア出身の彼。そんな彼が、今はチャット欄に流れるコメントで気になるトピックのものを目で追えるようになった。そこまで到達するには果てしない努力が必要だっただろう。
高梁透アレクサンドル推しの人間は彼のこういうところが好きなのだ。必要な努力は惜しみなく行い、着実に成果を残していくところが。こんなに信頼できるアイドル、なかなかいないのだ、と。
【11:36~ お揃いパジャマの話】
「『永介くんとおそろいのパジャマについての話が聞きたいです』……え、え~! よく覚えてますね……話、話かあ……どうしましょう」
TMI的な質問や個人仕事に関しての質問をこなし、続いて目に留まった質問は「サーシャと永介くんとお揃いのパジャマについての話が聞きたいです」というものだった。サーシャというのは高梁の愛称(アレクサンドルの愛称)である。
高梁は、この質問をどうして選んだのか、というくらい困り果ててしまった。エピソードがない訳ではない、が、高梁は日本語が不自由部類に入るのだ、上手く説明できないかも知れないという自信のなさが言葉を詰まらせていた。
「上手く説明できないかも、しれないんですけど……」
というか上手く説明できないエピソードとは一体なんだろうか、と視聴者は不思議に思う。元々『上手く説明できないエピソード』を大量に持っている
「買いに行ったんですよね、前」
お揃いをわざわざ⁉ と実際に声に出してしまった人も少なくないだろう。
「私、その、着て寝ない人なんです。元々。あの、知ってる人は知ってると思いますけど」
知ってるも何も、宿舎でのVlogや『
「下着は着てますよ⁉ さすがにそれは! 下着で寝てるんです!」
しなくていいフォローである。大体の視聴者はそう思っていたし。
「ただ色んな番組にも出ることが多くなったので、メンバーから『着て寝ることを覚える方が良い』って言われて……それで、買いに行ったんです。永介くんと」
前提条件はここまでで理解できた。問題はそのあと、何故お揃いなのか、という部分である。そこからの説明は流暢なものだったが、かなり意味の分からないものだった。
「永介くんと買いに行く、ってなって、洗ったりするから何着かいるよね、という話になりました。それで有名な? 有名なんですか? その、お店に行ってサイズとか、着てる感じとか確認して何着か買ったんです」
ここまではまだ分かる。問題はそれ以降だ。
「永介くん、いつもジャージとか着てる人なんですけど、私が買ってるのを見てパジャマいいなあ、と思って買ってました。その時に私がいちばん気に入った柄と色のパジャマがあるんですけど、それを永介くんが買ったんです。」
まったく分からない。どうして桐生が高梁の気に入った色柄のパジャマを買ったのか。お揃いにすることへの目的もなく、ただ単純にお揃いで買っただけ。一体全体どういうことなのか。すると高梁から補足説明があった。
「私、永介くんのフーインキとか、着ているものとかがすごく好きで、そういう感じのものをつい買うんです。お気に入りのパジャマもそれで、だから永介くんが着たらすごく似合うと思うんです。買ってくれて、うれしかったです。着たとこ見せてくれたんですけど、すごく似合ってました」
はにかんだ表情の高梁に、何となく納得せざるを得ない雰囲気を察知する。あと既に互いにパジャマ姿を見せ合ったのか、宿舎暮らしであるから理解はできるがこの言い方はきっとわざわざ着たところを見せてくれたのだと推測できる。
何はともあれ、謎と意味が深い回答だったことは間違いなかった。
【16:07~ お手紙コーナー】
「私はこの日を待ち望んでました、ずっと楽しみだったんです」
高梁の手元には八つの封筒、パステルイエローのそれを扇状にして持っていた。
誕生日配信恒例のメンバーからの『お手紙コーナー』だ。常日頃言えない感謝や、逆に言い辛い指摘などを誕生日という機会に手紙にしたためるコーナーである。
今までの配信を見た方はご存知だと思うが、高梁はグループで一、二を争うほど濃い手紙を書く。日本語もまだまだ不得手だというのに、ロシア語→英語→日本語という二段階の翻訳をしてまで長い手紙を書く。つまり、この『お手紙コーナー』にかける情熱が人一倍ということなのだ。
「みんなに『長めに書いてください』って言ったんですけど、いやだ! って言われたのでありのままを読みます。短いのから順番に読むので、えーと、
いつもの通り、文章の短さが随一である
「本当に短いですね!
『透、たんじょう日おめでとう。俺はお前ほど根性のある人間を知りません。きれいな顔をしているのに、中身はどこまでもドロくさくて努力家だと思う。これからも一緒にドロくさく生きていこう。愛してるぜ。佐々木日出。』
私の愛してますよ~、蓮の花のように生きましょう」
次は短さツートップの佐々木弟こと
「やっぱり短い! えーん、てごころというものはないのですか……。
『ディアサーシャ、おたおめ! お前の日々の進化にビビりまくってるよ! 日本語もそうだけど歌もそうだし、なによりダンスがヤバい。まわりの人たちはお前の才能をほめるけど、ぼくはその努力量がすごいと思ってます。もっとお兄ちゃんにあまえてもいいのよ(笑)。だいだいだいすきだよ! 佐々木水面より。』
あまえてますよ~? もっとあまえていい、というなら仕方ないですねえ……」
どことなく不敵な笑みを浮かべた高梁である。何をしようとしているのかは当人のみぞ知る。水面の手紙を仕舞い、続いては
「ちょっと長め? 太一、がんばりましたね。
『透くん、おたんじょう日おめでとうございます。透くんとのことを書こうと思うと、日常のあらゆることが思い出されて、とても書きづらいです。』
なんでですか⁉
『思い出がたくさんありすぎるんです。俺といちばん年が近いお兄さんだし、同じダンスメンバーだからずっと一緒にいるじゃないですか。だからもはや空気みたいな感じです。』
うーん……ちょっとうれしいけど、ほめられてはないですよね。
『たぶん透くんも俺のことを空気みたいに思ってると思います(笑)。それくらい同じ時間を共有して、気がねなくいっしょに暮らしてきましたもん。年上ですけど俺にとっては仲のいい友だちだと思います。メンバーでいちばんの、友だち、です。』
ちょっといい気分になってきました! メンバーでいちばんの、ですか、うれしい。
『末っ子コンビとしてこれからもおたがい助け合って、あとお兄さんたちも助けられるようがんばりましょう! 透くんの親友、森富太一。』
親友、そう、親友が増えました。『
すごくうれしいです、と高梁は顔を綻ばす。その表情に視聴者も思わず頬が緩んでいることだろう。それくらい柔らかい笑みを浮かべていたのだ。
「次は~永介くん! ねぇ~もっと長く書かないと! これはあとでおこります」
後日、この手紙を書いた桐生永介は実際に怒られたそうだ。
「『高梁透アレクサンドル、おたんじょう日おめでとう!』
なんでフルネーム……?
『今さらお前に言わなければいけない言葉はないんだけど、だっていつも言ってるし、そもそも透はいつも言葉をほしがるからがんばって言ってる。それで満足じゃないの?』
ぜんぜん満足してません! っていうかあれで『がんばってる』はさすがにウソ! 大ウソです!
『と、俺が言ったところでお前はきっと満足してない! とおこるのでしょう。ごめんね、こう、面と向かうとうまく言葉が出てこないんだ。だからボディランゲージとか、色んなものをおそろいにしてみたりとかで、がんばってます。あと歌にしてみたりとか。この間の新曲きいた? あれが答えみたいなとこあります。』
この間の新曲……、ソロのあれです? あれが答え? あれで私、泣きましたけど。
『あの曲きいて、お前がどう感じるのか楽しみにしてました。感想はちょくせつ教えてね。俺がだれかのことを考えながら歌詞を書いて、歌ったのはこれがさいしょです。たんじょう日プレゼント代わりでした。じゃあまたね。桐生永介。』
……永介くんのこういうとこ、本当にかなわないなと思います」
大きな溜息をひとつ、高梁は吐き終わって手紙を封筒の中に仕舞い込んだ。
「自覚がないんです、無自覚なんですよ。自分がどれだけ大きくて、のうみつな、ふくざつな気持ちをけずって、わけあたえてるのかずっと気付いていない。ちょっと不安になるくらい、ひとにケンシン的なんです。いいとこですけどね」
次行きましょう、と言った高梁の瞳は複雑そうな色が浮かんでいる。そんな瞳のまま、
「あきくんのがほんのちょっと短いですね? あと思ったよりかたくない?
『サーシャへ。おたんじょう日おめでとうございます。この一年が、サーシャにとって良いものになるよう心からおいのりもうし上げます。あんまりむずかしい言葉で書いても読めないと思うので、やわらかくしました。俺からのサービスです、その代わりちゃんと読んでね。』
もちろんですよ!
『サーシャとのことを思い出すと「あんなに小さかったのに……」という気持ちになります。さいしょに出会った時からサーシャの方が大きかったのにと思うでしょう、これは精神的な話です。俺はさいしょの、日本語もぜんぜん上手じゃない、なにをするのにも不安そうなサーシャを思い出すのです。』
ああ……そうですね、あきくんはその頃からいっしょでしたもんね。
『それが今はひとりの仕事でもどうどうとしていて、むしろまわりをアットウしている。この成長にはとんでもない努力がかくされている、そのことに気付いてしみじみとするんです。もはや親心です、同い年のくせになんだという話ですが。』
ほんとですよ。私たち、いっしょに大きくなってきたのに。
『「read i Fine」の高梁透アレクサンドルが、「世界」の高梁透アレクサンドルになりつつある。それがうれしく、ほこらしく、友だちとしてちょっと心配です。なにかあったら昔みたいに布団にもぐってきてね。いっしょに幸せになるんだよ。土屋
私にだけ命令っぽい感じでしたね? なんで?」
あと布団にもぐるのはさいきんもじゃないですか、と高梁はかなり気になることを漏らす。無論、その発言には触れず話を続行させる。続いては先ほど選ばなかった月島の手紙だ。
「こーたくんはふつうに長めですね。字がきれいです。
『透、おたんじょう日おめでとう! こんなとこで言うことじゃないと思うけど、お前の今のかみ色すごい好きだよ! 黒にブルーグレーのインナーカラーとか、マジでお前くらいにしか似合わないと思ってる。さすが「read i Fine」のセンター、センターってそのグループの顔なんだよ、オレらの代表がお前でほんとうによかったと思ってます。』
フルスロットルのほめ言葉! めちゃくちゃテレますね!
『透とはじめて会ったとき、まだまだおさない顔つきとつたない日本語のせいか「すごく純粋そうな子だなあ」と思いました。イノセント、けがれを知らないって感じ。ちょっと難しく言うと「高潔」とかそんなイメージ。だけど宿舎暮らしを始めてから、そうじゃないってことに気付きました。』
ふむ。
『あの頃からお前は、けがれは知らなくても恐ろしい寒さは知っていた。人間にとって熱というのは大事なものです、体温が下がりつづけると死んでしまうのが人間だから。ふつうの日本人は、自分がこごえて死ぬかも知れないと思うほどの寒さをタイケンしたことがない。でもお前はもう知っていた、からだのいちばん深いところまでこおらしてしまうくらいの、重たい寒さを。』
まあ、そういうところでくらしてましたから……。
『お前はうちのグループの太陽だけど、たまに鼻がツンとする寒さを感じることがあります。その寒さはお前が生きてきた「今まで」全部で、それを常に思い出せるのはすごいことだと思います。「今まで」がきちんと固まって足元になって支えてる、ってことだもんね。』
なるほど~、こーたくんはいいこと言いますね!
『努力に果てはないけど、お前となら全速力でずっと走っていけそう! そんなお前が大好きだー! 愛してるぞ! みんなのリーダー、月島
おお! いいお手紙でした! あとで言葉の意味を調べます」
多少分からなかった単語があったようで、高梁は何回か手紙に目を通してから封筒に戻す。さて残り二人、短い順から読むというルール上次に読む手紙は決まっているのだが──高梁は嫌そうな気まずそうな表情を浮かべていた。
「まあ、ゆうくんですよね……いやじゃないんです、いやじゃないんですけど、はい、……読みます、やっぱちょっといやかもしんない……。
『透、おたんじょう日おめでとう。さっそくだけどお前に文句がある、ちゃんと耳のあなかっぽじってよく聞いとけ。』
ほらー! だからいやだったんですよ! 誕生日なのに!
『まず俺はべつにお前のことが好きじゃない、これはツンデレでもなんでもなく。』
私だってゆうくんのことなんて好きじゃないですし。
『たぶんこの言葉にはお前も同意するだろう、お前も俺のことはそんなに好きじゃないはずだ。』
心を読まないでください……。
『俺はお前のことがそんなに好きじゃないけど、うちのグループにはいてもらわないと困る、そういう存在だ。センターとして、ダンスメンバーとして、さいきんだと歌も上手くなってきてりっぱな戦力だ。英語のラップをやらせてみても、お前にしか出せないグルーブが出ていて曲のアクセントになる。本当に、いてもらわないと困る。』
どういうジェットコースターなんですかこれは⁉ 好きじゃないんじゃないんですか⁉
『もちろん、俺らの友人としてもいてもらわないと困る。お前が帰省とかでいないとき、メンバーの半分は誰もいないお前の部屋にお前を呼びに行くし、メンバーの三分の一はいつ帰ってくるかを指折りで数えているし、俺はなんとなくつまらなくて普段そんなにやらないゲームをしたりしている。』
うーん、うれしいんですけど、なんだろう、どういう顔で読めばいいのか……。
『「え、じゃあ好きじゃん」と思うだろう。ざんねんだったな、そんなに好きではないんだ。』
ほんと、こんど会ったときに文句言ってやりたいんですが……。
『そんなに好きではないけど、大事だし、一緒に生きていきたいし、大きなことをもっとやりたいし、お前が泣いてるとこは死んでも見たくない。そういう感じ。わかるかな? 俺が何を言いたいか、俺もよくわかってないんだけど。』
……意地はって、好きだとみとめてないだけの人、ですよ今のところ。もしくは、家族、ですか? この感情は。
『俺にとってにくたらしい高梁透アレクサンドル、明日からもそのにくたらしさを続けてね。ちょっとでもかわいくなったら、きっと認めざるをえないから。
ややこしい文章を書きますねえ、この人はほんとうに……」
ラブレターか何かだったのだろうか、と視聴者が首を捻っているうちに高梁は手紙を仕舞った。そしてようやく最後の手紙、堂々としたラストを飾るのは
「長い! 本当に長いですね! わーい、じゃあ読みますよ!
『サーシャへ。おたんじょう日おめでとう。サーシャはデビューして二回目、read i Fineになってからは四回目のたんじょう日になるのかな。ずいぶん長い時間をいっしょに過ごしてきた気がするけど、こうして数字にしてみるとそうでもないね。もっといっしょにいられるんだと思うとわくわくします。永遠でいようぜ。』
ずっ友ってやつですね! 永遠でいましょう!
『同じread i Fineのメインダンサーとして、さいきんはお前にたよりっぱなしです。ふがいないリーダーでごめんよ……と思いつつも、お前の成長が見られて毎日ほんとうに楽しいです。振り覚えもどんどん早くなるし、表現力もばつぐんだし、なにより切り取ったときのポージングがかっこいい! サーシャのいいとこが分かりやすくなってきて、僕はとてもうれしいです。サーシャ推しもめっちゃふえてるしね。』
そうなんですか? そうだとしたらうれしいですねえ。
『色んな人に見つかってほしいと思っていた、大事なサーシャがこうしてじっさいに色んな人に見つかって、色々なことをケイケンしてると思うとこどもの成長ってほんとうに早いんだなあ、とお兄ちゃんは泣けてきてしまいます。そしてそれとは逆に、今のこの状況がつらいんじゃないかな、とも思ったりします。ちがったらごめんね。』
……次をよみます。
『サーシャはいつでもえがおで、どんな時も太陽みたいにてらしてくれる存在だけど、そのぶんセンサイで思いつめやすい性格だと思う。自分に与えられたやくわりを一生けんめいこなそうとして、まわりが見えなくなっちゃったりすることもふつうにあると思う。だけどわすれないでほしい、これだけはおぼえててほしい、お前が帰ってくる場所はここだってことを。』
……。
『read i Fineのメンバーぜんいん、いつでもお前の帰りを待っています。どんなに大変なことがあっても、かなしいことがあっても、ここに帰ってくればいい。ここに帰ってくれば、お前のことをわるく言うやつはだれもいないし、むしろお前をわるく言ったやつをやっつけに行こうとするやつしかいないし(笑)。だから安心して、どこにでも行ってきなさい。お前が世界のウラガワに行ってようが、ここはお前が「いってきます」を言った日から一ミリも変わらず日常を続けています。お前のだいじな「家」をちゃんと守ってるから。その代わり、たくさんのおみやげを用意して帰ってくること!(笑) 楽しみにしてるよ、御堂斎。』
……これは、ちょっと、ずるいなあ……」
ぐず、と高梁が鼻を啜る音だけが聞こえる。表情は分からない、自らの大きな手で隠して見えないようにしていた。画面外からティッシュボックスが差し込まれる、気を利かせたスタッフの誰かが手渡したのだろう。
彼はそれをしっかりと持ち、ティッシュを三枚ほど抜き取った。
そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いたのだ。
いつきくんには、ずっとかなわないなあ──と。
【39:11~ スタッフさんからの誕生日プレゼント】
画面外から受け取ったものをキラキラとした目で見つめ、その後画面外にいる人物へその目をはっきりと向ける。いいんですか、そう視線だけで問うていると誰でも分かるくらいの表情豊かさ。パフォーマンス時の表情管理について評価が高い彼の片鱗は、こういうところから浮かび上がる。
「みなさん……いただいちゃいました……!」
これです! と鮮やかな黄色の、不織布の袋に包まれた何か。リボンはシャンパンゴールドがきらめいている。コメント欄はすぐさま「良かったね」という喜びの共感と、「中身見せて」という好奇心の反応で埋まった。
「なんだろな~、お、おお! ぼうし!」
中から出てきたのは明るめなベージュの帽子。形としてはクロシェット、バケットハットよりややつばの広い、野外向けのものだ。
「こういう形のぼうし持ってないんですよね。……どうです? 似合います?」
早速かぶってみた高梁に、当然コメント欄は肯定の意見しか述べない。実際現在地毛に近い深めのアッシュブラウンの髪色と、明るめベージュの帽子はよく似合っていた。高梁の肌の色にも合っているのだろう。顔が明るく見える。
「私、外出るの好きなんでその時にかぶりますね。最近は~、あきくんとおさんぽしてます。公園とか、少し遠くに行って歩いてます」
メンバーの土屋亜樹はグループ随一のアウトドア好きとして有名なのだ。余談だが高梁と土屋、このクォーターコンビ(高梁は日露、土屋は日英だ)は少し前にメンバー内で行われた『誰が無人島でも生き残りそうか』というアンケートでワンツーフィニッシュを決めている。
「私は暑いのが苦手で寒いのは普通です、あきくんは暑いのはまだ大丈夫ですけど、寒いのはめっちゃ苦手なので冬はあんまりおさんぽできませんでした。代わりに日出くんとか、いつきくんとかと走ったりしてましたけど、あ、あと太一とも!」
ここまでメンバーの名前が出てくると、他のメンバーとの行動も気になってくる。マナー違反ギリギリだがチャットではそういう質問がちらほらと浮かんでいた。高梁はううん、と考え込む。答えるべきかそうしないべきか、ではなく、ひとりひとりとの行動を思い出しているのだろう。
「水面くんは、外に出ない人なんですけど美術館には行く人なんで、美術館にこの間も行きました。こーたくんとは、家の中ではよく一緒にいます。お風呂に行ったりとか、ご飯食べたりとかはこーたくんと多いですね、うん」
そこまで語り、口を閉ざす。お気付きだろうが『read i Fine』は九人組であり、高梁が名前を挙げた人物は全員で七人しかいない。つまりひとり、南方侑太郎が省かれているのだ。もちろんチャットではそれにツッコむコメントが多々見受けられる。高梁はそのコメントにざっと目を通して、小首を傾げた。
「ゆうくん……? ゆうくんとは、そういうんじゃないです」
少し他人行儀な表情を作る高梁に、その顔の意味をよく知る者は噴き出し、よく知らない者は不安になったことだろう。そう、これが南方侑太郎に対する高梁透アレクサンドルらしさ、なのだ。
「コンビニとか行くくらいです。ゆうくんとはあんまり一緒に行動しません、あとお洋服も見に行きました、それくらいですか? あー、カラオケも行きました、たまたまです」
めっちゃ仲良しじゃん。たまたまという頻度ではないくらい遊んでいる。
不仲営業、という単語でチャット欄が溢れ出し、高梁は口をぽかんと開けた。
「ふ、ふなか、えいぎょう? ってなんですか?」
いや絶対知ってるだろ、と“&YOU”一同、心をひとつにしたのだった。
【最後の挨拶 49:33~】
「こうしておたんじょう日をおいわいしてもらえるのは二回目なんですけど、全然なれないんですよね。私はほんとうにこんな、おいわいされて大丈夫な人なんだろうか、とつい思っちゃいます。
今日はほんとうにありがとうございました。デビュー二年目になって、また今度新しいCDも出るのでみなさんとたくさん会えますね? 今年もツアーライブとかたくさんできたらいいなと思います。
私たち『read i Fine』はみなさん、『&YOU』あってこそなので、ほんとうだったらもっともっとみなさんにカンゲンしないとだめなんですよ。なかなかできなくてごめんなさい、今年はもっといっぱいみなさんに恩返しできるようにがんばります!
最後に英語と、ロシア語であいさつしますね。
Thank you for celebrating with us today. We will continue to do our best, so please support us! I love “&YOU“!
あー、Большое спасибо за то, что сегодня вы празднуете вместе с нами. Мы будем продолжать делать все возможное, поэтому, пожалуйста, поддержите нас. Я люблю “&YOU”! ではまた」
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