土屋亜樹 誕生日配信【2019年12月7日】前半戦
【0:32~ 声入り】
「ごめん、待った?」
さながら待ち合わせに遅れてきたかのように、
「いや、本当に、お待たせ致しました……すいません」
そんなコメントをすべてスルーし、土屋は頭を下げた。かぶっていたニット帽を脱ぎ、深々と、つむじが丸見えである。
頭を上げてニット帽をかぶり直した。普段通りといえばそうなのだが、今日も土屋のコーディネートはほぼハイブランドで構成されている。帽子にも、トレーナーにも、羽織っているジャケットにもそのブランドの代表的なシンボルが刻まれていた。一見成金趣味にも見えるが、土屋が着ているとどうしてこうも品良く見えるのか。
「今日の仕事全部終わったあとにやろうね、ってマネージャーさんと話してたんだけど、思った以上に全部が押しまくって今こんな時間です。え、もう誕生日終わるな⁉ 待たせて本当にごめんよ」
起きててくれてありがとうね、と土屋は画角を上手く使い頭を撫でるかのように錯覚する手の動かし方をした。
「こっから一時間、もわりとしんどいので、半分ずつにします。ひとまず今日は、ケーキとプレゼントと雑談。次回は、来週になっちゃうけど、メンバーからの手紙を読みます。ひとまずこんな感じ。アーカイブは当然残すので、今まで残ってたよね? ……うん、残ってるのでそれと同じ感じで」
あ、と土屋は手を打つ。話している間に何かを思いついたようだ。
「この埋め合わせはまたするから。それまで待っててくれるかな?」
小首を傾げながら発した言葉に、コメント欄が活発となる。
それはそうとして発した本人は「はずーい」と頭を抱えていたが。
【3:17~ ケーキとプレゼント】
「ケーキはさっさと食べなきゃだからね、え、赤い……」
スタッフにより画角へ入ってきたケーキは真っ赤なハートを模している。ハートと、黄色の星、そしてプレートには薔薇の花の意匠が施されていた。上手く撮れるかな、と土屋はケーキを持ち上げようとしてその重量感に断念した。これは、無理だ。
「意外と重い! 何のケーキ⁉ あ、食べればいいのか」
いただきます、と土屋は勢いよくフォークを突き立てる。ハートも形無し、さながら致命傷だ。大きな一口で頬張った土屋はハムスターのようになりながらしばらく咀嚼に集中する。明らかに一口が大きすぎだった。
「……ちょこ?」
口の端についた赤の残滓を指で掬い取って舐めながら、そんな食レポにはまったく満たない言葉を呟く。実際チョコレートらしいが。
「チョコとお、なんかジャム入ってる、あんま食べたことない味……なんか、なんだろ」
知るか、と視聴者は思わずツッコんでしまっていることだろう。壊滅的に味が伝わってこない。チョコレート味ということは辛うじて分かるが。次の瞬間、土屋の目が見開かれる。どうやらスタッフにジャムの種類を教えてもらったようだ。驚愕が表情に浮かんだ。
「薔薇のジャム! おしゃれ~、スミレの砂糖漬け並みにおしゃれ~」
おしゃれな味がした、と取って付けたように言い放って土屋はサムズアップする。
「これさ、黄色の星んとこも同じ味なのかな? ……あ、ちょっと違う、なんだ、南国フルーツみたいな酸っぱさ、あ、パッションフルーツだ、でしょ? でしょ?」
ちがうの? と何度も尋ねる、パッションフルーツが正解のようだ。正解を引き当て、土屋は力強くガッツポーズをする。
「チョコって酸っぱいのと合うんだってね。ベリー系とか、柑橘系とか、南国フルーツの酸っぱ系とか。いっちゃんに教えてもらった」
残りは明日の朝食べよ、と土屋は半分ほどケーキを食べてフォークを置いた。
続いてはプレゼントだ。スタッフから貰えるプレゼント、中身は程良く実用的でしかし自分では買わなさそうなライン。他の人の配信を見ながら、自分は何を貰えるかな、と密かにわくわくしていた土屋だ。貰ったキャンパス地の袋でラッピングされたそれは、そこそこ大きい。少なくとも片手では掴めないくらいには。
「何が入ってるかな、……お! 靴? じゃない、室内履き、あ! 中がふかふかしてる! あったかいやつだ!」
わーい、やったー、なんて子供のように喜ぶ土屋。楽曲の製作、プロデュース、またディレクションも行う彼にとって、社内ではレッスン室以上にレコーディングルームで過ごすことが多い。その際は少しでもリラックスできるように靴を脱ぐのだが……つまりこのブーツ型のルームシューズはその時に使え、ということなのだろう。
「足首冷やすなってよく聞くし、いやあ、気が利く~……。ちゃんと使います」
Thanks, I love you. そんな甘い言葉をスタッフに吐き、指ハートを作る土屋はしっかりとルームシューズを抱き締めていた。
【12:09~ 突然の乱入者】
「いつもの会議室じゃない? ああ、今日の場所?」
コメントで指摘されたことに快く反応し「今日はレコーディングルームだよ」と土屋はネタバラシをする。
今までのメンバーの誕生日配信はある会議室をスタッフが飾り付けをし、その飾りを背景にして行っていた。だが今日は少し趣が異なる。飾り付けはされているが、場所が違うのだ。見たことがあるようなないような壁の色、と思ったらレコーディングルームだったとは。
「もう遅いから。作業室なら遅くても電気点くし、あと防音だからいくら騒いでも良い」
そう言うとすぐさま「歌うたって!」「アカペラお願いしたいです」とコメントが流れ出す。誕生日配信等で限定的に流れるFCのチャットでも同様のコメントが流れ始めたようで、「俺の誕生日なのになんで俺が歌うんだよ」と至極尤もな返答をしていた。
「いやここはみんながハッピーバースデーを歌うとこだろ。なんで主役にそんな、」
「おい亜樹!」
「うわぉ⁉ びっくりした! えっ、……ゆうくん?」
突然の第三者の声、ざわめくコメント欄に土屋の端的な反応があっさりと浸透した。突然の乱入者は、土屋と同じ『
どうやらカメラの真横に立っているらしい。土屋の視線ではそれくらいしか分からない。
「どうしたの、こんな夜遅く」
「お前が配信やってるって聞いたから、見に来た」
「わざわざ? 今日休みじゃないの?」
「休みだよ、だからだよ」
こんばんは、とカメラにちらりと映る南方は非常にラフな格好だ。オーバーサイズのスウェット上下、ダウンコートを羽織って、ニット帽とマスク、眼鏡をしている。ぱっと見では南方と分かり辛い、というか知り合いだとしても個人の判別が難しい格好だ。
「隣座る?」
「いいの? すっぴんだけど」
「良いよ別に、俺だってほぼすっぴんだよ」
「それもそうか。じゃあちょっとだけ」
お前の誕生日だもんね、と言いながら南方は土屋の隣に腰掛けた。ダウンは着たまま、土屋がダウンの表面をつるつると触り始める。「やめい」と南方は口だけで彼を制した。
「ゆうくんってこういう時に来てくれる人だっけ?」
「ひとを冷血みたいに言うな。来るよ、亜樹だし」
「……俺だから、どういうこと?」
南方の「亜樹だし」という発言の意図が上手く汲み取れなかった本人である。しかし南方からは具体的な返事はなく、また来週もやるんだっけ、という質問を投げ掛けた。土屋は頷く。
「今日時間遅いしね、メンバーからの手紙はちゃんと読みたい」
「俺はちゃんとしたこと書いてないから適当でいいよ」
「そんなこと言って~、ちゃんと書いてくれてんでしょ?」
「いやマジでちゃんとしたことは書いてない、いつも言ってるし」
「……そんな良いこと言われてたっけ」
言ってます! と南方は土屋の首を絞めるポーズをして、彼の体を左右に揺さぶる。土屋も土屋でまったく力は加わっていないが、左右に揺さぶられている風に取り繕う。やめてえ、と情けない叫びが部屋内に響いた。
「めっちゃ情けない声出してる……、どっから出てんのその声」
「喉」
「知ってる」
「あ! 折角だからさ、侑太郎、なんか一曲歌ってよ」
「え⁉」
唐突なリクエストに固まる南方。「誕生日の俺が歌うのはおかしい」という論を展開する土屋をじっとりと見つめて、大きな溜息をつく。そしてゆっくりと立ち上がった。
「え、マジ?」
「冗談だったなら座り直すけど」
「やややや、そのままお立ちになって、えっ、なに歌ってくれるの?」
「初お披露目の、曲。『むだい』」
「マジか」
むだい、無題、アンタイトルということ? 南方の発言にチャット欄、FC限定のも配信画面のも活発になる。とんでもない勢いで回り始めるコメント数。まさかの新曲、そして恐らく現状どこで公に出すか何も決まっていない曲だ。こんな風に初出されて、沸き立たない訳がないのである。
「フルはしんどいから、ブリッジの後半からサビを歌う」
「Okay, わーい楽しみ」
咳ばらいをひとつ。南方は「前の部分のリズムだけ歌って」と土屋に指示を出す。彼はその指示を忠実にこなす、思ったより壮大な曲なのだろうか。じゃんじゃん、と口遊む土屋に失笑しつつ南方は口を開いた。
“覚えた色の名前だけでつくった 宇宙を最高の遊び場にして I’ll play”
“ときめかせたすべてを磨いたら 尽きない星になってくれるんじゃないか”
“どうやっても終わらない 飽きない居場所でぼくたちは”
“Goes on forever 夏休みの宿題なんて破り捨てて”
“だれかにばかにされた『むだなこと』で 明日も浮かれて歩いていく”
正真正銘の新曲。誰もが耳にしたことのない曲で、土屋は勝手知ったる顔をして小刻みに揺れていた。南方の地声より高く、華やかで清涼感のある歌声と歌詞がよく合っている。これが彼のソロ曲なのか、誰かのソロ曲なのか、グループの曲になるのか、それともユニット曲になるのかはまったく分からないが、できればCDとして残してほしいと、そう思える曲だ。
「流石侑太郎、歌が上手すぎる」
「大袈裟だあ」
「そんなことない、メインボーカルでも通用するって俺はずっと言ってる」
「そう? まあ歌うの好きだよ。お前も歌えばいいのに」
「え~……」
じゃあ帰る、と言って南方はそのまま画角の外へ歩いていく。土屋の制止も聞かず、最後はカメラに「ばいばい」と手を振って部屋から出たようだ。画面には、完全に脱力した土屋が映っている。
「最近ちょっと日出くんみが出てきたんだよな、ゆうくん……なんでだろ」
まあいっか、と椅子を座り直す。若干聞き捨てのならない発言だった気もしなくもなかった。
【28:49~ 前半戦の締め】
「そろそろ前半戦は終わろうかな、と思います。もう俺も大分眠いし……続きはまた来週。俺のために、こんなに集まってくれてありがとうね。本当に恵まれてるなと思うよ。こんな何でもなかったただの歌手志望が、デビューして自分の曲歌わせてもらって、みんなから応援してもらって褒められて……、なんだろう、夢かなとかたまに思います。長い夢で、目が覚めたら自分はまだ何でもない練習生なのかな、って。そんなことはない、のだろうけど。ないよね? ないですね。夢ならずっと覚めないでほしいですし、現実ならずっと続けられるように努力します。今日はありがとうございました。また来週」
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