御堂斎 誕生日配信【2019年11月17日】

【0:17~ 声入り】


「あー、あー、聞こえてますかー?」


 その配信は、御堂斎みどういつきのサウンドチェックから始まった。


「音が大きい小さい、二重に聴こえるなどありましたらコメントで教えてね。あ、遅れて聴こえるはどうにもできないと思う。御自宅のインターネット環境をご確認ください、っと」


 大丈夫そうかな、と手元にあるタブレットを覗き込む御堂。通常、配信の際はNライのチャット欄ではなくこういう時にしか使用できないファンクラブのチャットを見るのだが、今はサウンドチェックのためNライチャットを確認している。

 問題ない旨のコメントが溢れ返ったところで、御堂はファンクラブの方のチャットへと切り替えた。


「じゃあ大丈夫なので始めましょうか。僕の誕生日配信です。アーカイブ残るんでよろしく、あとグッドボタンとか、今までリファインのチャンネル入ってなかったよって人はチャンネル登録もお願いしまーす」


 ちゃっかりと宣伝事項を済ませ、にやりと御堂は笑った。

 今日の彼も普段通りのブラックコーディネートだ。かぶっているキャップ、スポーツブランドのジャージ上下、その上から羽織っているパーカー、眼鏡もVlogの時によく見る黒縁眼鏡で黒づくめ。唯一黒くないのは、鮮やかに染まっている髪くらいだ。某ディズニーのマーメイドヒロインのような赤髪となっている。


「うんうん、みんなちゃんと『おめでとう』って言ってくれてて嬉しいなあ。……『いくつになったの?』って言わせる気? 知ってるくせに」


 ノンデリめ~、と悪戯っぽく呟く御堂は心なしかテンション高めだ。ちなみに御堂斎、今日で二十一歳となる。成人して一年も経ったのか、とひとりで密かに驚いていたそうだ。


「今日は何してみんなと遊ぼうかな。まあ、みんな次第だよなあ」



【04:52~ 『おめでとう』ダービーの話】


「『誰からのおめでとうがいちばん早かった?』『おめでとうダービー優勝者だれ?』……あー、つっきーの配信の時も訊かれてたねえこれ。いやでも待てよ……」


 唐突に顎に手を当て考え込む御堂。よもや覚えていないとか? と視聴者が心配になり始める秒数が経ち、ようやく彼は口を開いた。「答えを訊くのはおかしくない? ダービーなのに」と。視聴者、きょとん、である。


「ダービーなんだから予想しないと。ほらほら三連単予想して、当たっても何もないけど」


 昨年流行った競馬モチーフのアニメのおかげで競馬界隈・用語に詳しくなった御堂に、ファンの半分ほどは置いてきぼりだ。しかしもう半分は嬉々としてチャットコメントに三連単予想を書き込む。『ゆうくん・みなもん・とみー、で三連単!』『本命・南方、次点・高梁、大穴・桐生』、『◎南方、〇日出、▲高梁、△土屋、☆月島』『単勝狙いでサーシャです!』などなど。


「南方が本命の人多くない? どういうイメージなの、あいつ」


 愉快そうにチャット欄を眺める御堂、自分が発端でコメントが一気に動く様が楽しくて仕方がないらしい。口元はずっとにやついている。


「はい締め切り~。正解は、一着・南方侑太郎、二着・森富太一、三着・桐生永介でした~。南方オッズめっちゃ高くない? 一・六くらいじゃね? 分かんないけど、二倍ないよこれ」


 御堂は、みんなの予想通りの人間なんだなあ、と妙な感慨を呟く。続け様に「おめでとう」と言われたシチュエーションを説明してくれる。スタートは当然、日付変更直後からだ。


「いちばんにおめでとうを言う、が侑太郎の僕に対する公約らしくてね。笑って良いよ、本人が言ってたことだから。でも実際、小学生の頃からその公約は破られてないんだよ……『ちかっちは?』って、あいつ? あいつは直接言うことに執心してるから、全然予定合わないなあって時期でも二週間遅れくらいで無理矢理会いに来て『おめでとう』って言われたことある。滞在時間三十秒だった、滅茶苦茶だろあいつ」


 Nbのメンバーなら多分全員体験済みの恐怖体験だよ、と真顔で淡々と呟く御堂だ。脱線したことに気付いた彼は、ちがうちがう、と呟きながらどこで話を終わらせたかを思い出す。「公約の話か」とはっきり言ったため、思い出せたようだ。


「そう、公約。公約通りに、何でだ、と思ったけど僕は日付変更の三分前から侑太郎に拘束されてたからね。自分の部屋で、同室の桐生は締め出されてた。扉からカリカリ音がするのよ、桐生が『入れろ~』って扉引っ掻いててその音にげらげら笑ってた」


 侑太郎が鬼のように笑っててさ、あいつが元凶なのに、そう語る御堂も思い出し笑いが止まらないようだ。くつくつ喉を鳴らしながら、タブレットの画面をスクロールする。


「でもえいちゃん、流石に諦めたみたいでさ、僕がおめでとうって言われて外出たら太一と鉢合わせて太一に『おめでとう』って言われたの。だから太一が二着、三着はやっと部屋に戻ってきたえいちゃんね。『もうちょっと待ってれば良かった』ってぼやいてた、それな? って南方が笑うもんだから混沌を極めてましたね、あの場は」


 あとのメンバーは、ロケで泊まりの子とかもいたから、メッセージなどでぽつぽつって感じでした、メンバーからの長文メッセいいだろ~、と微妙に羨ましく思えないことを良い放って御堂は次の話題へと移った。



【09:22~ 早めのスタッフからのケーキ&プレゼント】


 先にケーキ食べたい、という御堂の発言により急遽運ばれてきたケーキ。真四角のスポンジにはピンクのクリームがこれでもかと塗られており、その上には大きな赤いリボンがこれまたクリームで彩られている。さながらプレゼントのような出で立ちだ。チョコレートプレートにはきちんと『HAPPY BIRTHDAY』と書かれていた。


「甘いかな、甘いだけかな」


 スタッフにもらったプラスチックのフォークで画面から見えない箇所をさくっ、と崩して一口頬張る。しばらく咀嚼をし、飲み込んでから御堂はもう一口を食べ始めた。


「甘いだけじゃない、これいちごだ。え~、あまずっぱ美味しい、あ、中にチョコ入ってる。やばいなこれ、全部食ったら太る」


 でも手が止まらない、と御堂のもぐもぐタイムは続く。普段は摂生をし、あまり砂糖を摂らないようにしている御堂だ。ケーキを食べたのも本当に数ヵ月ぶり、しかも数ヵ月前は仕事でのことだ。プライベートケーキは一年ぶりかも知れない。


「この時間で全部食べちゃうのももったいないな……、これ持って帰っていいんですよね? 明日も食べる……持って帰る……」


 けーき、たべる、ぜったいに、と何故か片言になっている。本人曰く「もののけ姫の猩々」イメージだそうだ。若干クレヨンしんちゃんのぼーちゃんっぽくもある。

 フォークを置いた彼が次に目をつけたのは、机の上に置かれたプレゼントだ。開けていい? とスタッフに目と、声なき声で訴えてから包装紙を丁寧に剥がし始めた。そこまで大きくない包みである、中に入っていたのは防水のワイヤレススピーカーだった。


「あっ、これはストリートで踊れってことですね?」


 ね、ね、と首を傾げる。さもそうだと言って欲しいかのように問う御堂だが、スタッフとしてもそれを肯定はできないだろう。考えてみればすぐ分かる、路上で御堂斎が踊っていることがバレたらとんでもない騒ぎになるのだ。

 困っているスタッフの顔を見て満足したのか「流石にしませんよ」と御堂は悪戯っぽく笑う。そして間髪入れずにスタッフから渡された物体を見て、腹を抱えて笑い出した。


「こ、これもいいんです⁉ 貰っていいの⁉ あ、ははは、いいねえ、欲しかったこういうの!」


 手渡されたのは、輸入玩具の店でしか売っていなさそうな特定性に欠ける魔法少女のステッキだ。大きな透明の星が先端についており、ステッキの持ち手にあるボタンを押すと効果音が鳴る仕組みである。ずっとしゃらしゃらいっている。


「良い重さ。殴ったらいいダメージ入りそう」


 殴るための道具ではない。悪しからず。



【15:08~ お手紙コーナー】


「全部ピンクだとめっちゃファンシーで可愛くなるね、いいね」


 そう言いながら御堂は貰った封筒をひとつずつカメラに向ける。

 誕生日Nライ恒例のお手紙コーナーだ。メンバーひとりひとりから、感謝や今まで言えていなかったことを手紙で伝えてもらう名物企画である。御堂は便箋を机の上に並べ、これに決めた! とひとつの封筒を手に取る。


「じゃあ、おてまみ読んでいきましょうかね。失礼、噛みました」


 確信犯だろう、というツッコミは置いておいて。

 御堂は慎重に封筒を開き、中から手紙をそっと出す。誰からのものかは教えてくれないのか、と視聴者が不安に思ったのとほぼ同時に「誰からのか言ってないね?」と呟いた。


「これはあきさまのです。あきさま、結構堅い文書くんだよね。育ちが出るなあ」


 あの子、うちのグループでは屈指の育ちの良さではあるから、そんなことを嘯きつつ御堂は一回咳ばらいをした。


「では読みますね。


『御堂斎様。お誕生日おめでとうございます。』


うん、かったいな。この次も堅い。


『二十歳の年はいかがでしたでしょうか。出会った頃より磨き抜かれた、鋭い感性を持つあなたが二十歳という節目を越えて円熟した表現力を身につけていく様を近くで見させてもらうことができ、大変嬉しく思っています。昨今「read i Fineリーディファイン」はダンスグループとして名が高くなっています。そんななかでダンスリーダーを務めることはとてもプレッシャーのかかることかと思いますが、今後もそんな重圧などものともしない気高いあなたであってください。』


小説読んでる気分になってきたな……。


『斎くんは、初めて僕と喧嘩した日のことを覚えていますか?』


喧嘩、……わりとすぐの頃じゃなかったっけ。そうでもない? なんか『夏嵐』くらいの思い出があるけど……。


『覚えていなくても問題ありません。僕が覚えています。あれはread i Fineが結成してすぐの「夏嵐」でのリハーサルのことでした。』


認識の一致を確認した。良かった、っていうかよく覚えてるねえ。


『僕はその当時、まだ自分が何者でもないということに不思議なくらい苛立ち、同じ練習生の身でありながら既に地位を築いていたあなたに嫉妬していました。今思えば不安なだけだったのでしょうが、当時の僕にしてみればその嫉妬心は深刻かつ重大で、何かに向けて発散しないと内側から焼け焦げてしまいそうで、だから斎くんについ強い言葉を遣ってしまったのです。』


あったね、そんなことも。僕もあんまり喧嘩したことない人だったから、上手くいなせなくて……のでさんに普通に叱られた記憶がある。うん。苦い記憶。


『知ってましたか? あれがread i Fine公式において、初めての喧嘩だそうです。』


そうなの⁉


『光栄なのか不名誉なのか……ですが喧嘩できて良かったと思います。斎くんがどう思っているかは僕からは伺い知れませんが、僕の未熟な感情を斎くんも手探りで受け止めて、きちんと自分の言葉で反応を示してくれて、とても嬉しかった。この人だったら全幅の信頼を寄せて良いんだと思えて、喧嘩したばっかりなのに幸せな気持ちでした。』


あー……と、ね。僕もあのあと、実はわりと満足というか、勿論言いたいこと言えて充実してたっていうのはあると思うんだけど、なんかね、こういうことまで言っていいんだ、受け取ってもらえるんだ、っていうのが嬉しくて。そこの認識一緒で嬉しいなあ。


『この幸せな気持ちをずっと持って、新たに築いていきたいです。一緒に幸せになりましょう。土屋亜樹つちやあき。』


最後は勘違いじゃなければプロポーズじゃなかったか? お前、つっきーにも同じこと言っただろ、この浮気者!」


 言葉は厳しいが口調は嬉しそうに、にやつきの抑えられない表情で御堂は叫ぶ。一緒に体験した出来事に、同じ感想を持ってくれていて嬉しい。そんな多幸感を胸に忍ばせて、どーれーにしーよーかーなー、とアイソレーションをしながら歌い始める。大分不協和音だったし、動きが機械じみていて不気味だ。


「じゃあ筆まめなつっきーにしようかな。多分めっちゃ長い文章書いてくれるでしょ……や、予想外、そんな長くないわ。葉書分くらいしか書いてないよ。てか達筆すぎでしょ、なんで筆ペンで書いてんのこの人。


『いっちゃんへ。お誕生日おめでとう! 初めて出会ったときは中学二年生だったいっちゃんがもう二十一歳かと思うと、時の流れが速すぎて多分再来年くらいには一年が瞬きしてる間に過ぎると思います。これはガチ。』


ガチじゃないんよ、笑わせに来ないでよ。


『いっちゃんと同じグループになって、ダンスリーダーをやることが決まった時に「これはダンス面では楽ができるぞ!」と密かにガッツポーズしたことを思い出します。』


ほほう、そんなことしてたのかお前。


『ですがいっちゃんの性格を忘れてました。恐らくオレが所属したグループで、いちばんダンスレッスンが厳しいのがこの「read i Fine」です。』


僕がダンスで楽させる訳ないだろ~、地獄レッスン特盛が常だぞ~。


『ありえないくらい踊ってとんでもない激しさの振り付け覚えて、それでも「揃うまでやる」と言われた時の絶望感。計り知れません。』


なに? 途中から急に怪談投稿になってない? 大丈夫?


『しんどい、しんどいの二乗、とか思いながら床に這いつくばってもいっちゃんが屈んでカウントを言ってくるので立ち上がって踊らざるを得ません。マジでしんどい。だけどよく見るといっちゃんはオレらの倍は踊ってることに気付きます。全員分の振りを覚えて難しいところはきちんとアドバイスをして、最近は透が育ってきたので少しは負担が減ってるのかなとは思いますがそれでもいっちゃんの稼働量はえげつないです。』


……まあ、それしかできないしね。


『それしかできないから、とか言いそうだけど、』待って心読まれた、怖いわこいつ。


『それしかできないから、とか言いそうだけど、正しく言えば「いっちゃんにしか」できないことなんですよ。多分他のグループどこ見ても、ここまで献身的にダンスに打ち込みメンバーに惜しまず助言しているアイドルはほとんどいないはずです。オレが保証します。』


保証されても何の担保にもならないけど……。


『そんないっちゃんが大好きだし、いてくれて良かったと思います。次の練習はお手柔らかに。みんなのリーダー、月島滉太つきしまこうた。』


みんなのリーダー、って言葉が似合う人間もそういないよなあ。我らがリーダーのお手紙でした」


 ま、練習はお手柔らかにしないけど、と御堂はどことなく気恥ずかしそうにカメラから目を背けた。そしてそのまま次の手紙を探す。そして「みなもんにしよ」と呟きカメラをようやく見た。


佐々木ささき兄弟は短いんだよ、……ほら見ろ! 続けて読みますね。


『ディア、いっちゃん~! おたおめ! いっちゃんのおかげで最近の漫画について詳しくなれて嬉しい! 自分のインプットが広がった感じするよ、アニメとか映画とかも色々教えてくれてありがとね。ダンスのことはみんな言ってる気がするからぼくは言いません(笑)。またお兄さんに甘えに来てね。愛しのみなもんより。』


愛しのみなもんというワードに古めかしさを感じる……この人も歳だもんな……二個上ですね? はいじゃあ、次は日出ひので~。


『斎、誕生日おめでとう。昔から妙にしっかりしてるから二十一歳と聞いてもあんまり驚かなかったよ、もう二十五くらいかと思ってた。辛いことも悲しいこともあんまり表に出さないからたまに心配になるけど、心配し過ぎも良くないよなって思って最近スキンシップ多めになってます。あれらはこういう意味です。心配させんなよ。佐々木日出。』


めちゃくちゃ有り難いお手紙だったけど、つまり僕の方が老害ってこと?」


 そういうことではない、と誰しもがツッコむ発言をして御堂は既に開いた手紙にまた目を通す。愛おしそうで少しくすぐったそうな眼差しだ。ふふ、と鼻で笑い次の手紙を探し始める。


「ここら辺で桐生行っとこうかな。うん、程良い長さ!


『御堂斎くん、お誕生日おめでとうございます。斎くんとは高校も同じで、グループでは、特にダンスでは申し訳なくなるくらいお世話になりましたね。今もお世話になっています。』


ふふ、苦しゅうないぞ。でももう僕のお世話必要ないと思うよ、永介。かなり上手だよ。


『俺は最初、ダンスがとても苦手でした。歌手志望で入ったのにどうしてダンスも、なんて思ってたくらいに苦手でread i Fineに選ばれた時も絶対にダンスで足を引っ張って色々言われる……と鬱々としていたくらいです。でも、あれは月次考課をみんなでやった時のことです、覚えていますか?』


あー、STeLLataステラータ先輩の『Tricolorトリコロール』やった時のことか。


『あの時、斎くんが丁寧に教えてくれたおかげで俺はダンスに対して前向きになれました。斎くんが根拠をしっかり持って褒めてくれたから俺は今でもそこに自信を持って踊ってます。俺にとって命の恩人に近いんです。これからも一緒に踊りましょう。桐生永介きりゅうえいすけ。』


僕が持つ人生最大の功績かも知れない、誰かをダンス好きにさせた、っていうのは」


 あまりにも突飛な発言だが、御堂の口調は重たく真摯だ。さながら塊のままの水晶のように、素朴な力強さが宿っていた。


「僕は自分が好きなものを、できればみんなにも好きになって欲しいタイプのオタクなので……こういう話が聞けると嬉しくなって泣きそうになっちゃうんだよね。わかる! 僕もめっちゃ好き! いいよね! みたいな。あ~平和が好きなんじゃあ~! ラブアンドピース! んじゃ次行きます」


 切り替えの早さが恐ろしく早かった。


「侑太郎行ってみようか。あいつどういうこと書いてくれるんだろ、手紙のやり取りとか、マジでしたことないんだよね。幼なじみだけど男同士ってそんなもんだろ。


『いっちゃんお誕生日おめでとうごさいます。いっちゃんと出会って十一回目の、いっちゃんの誕生日です。もうそんなになるのかあと軽く引きました。人生の半分以上一緒にいるなんてちょっと気持ち悪いね。ほぼ同体みたいなもんだし。』


ほぼ同体ってことは流石にないと思う……その考えの方が気持ち悪くない……?


『言い辛いことも何でも言い合ってきた仲だと思うので、今日取り立てて言うべきことはないです。本当に、おめでとう、ありがとう、くらいなもんです。生まれてきてくれてありがとう、転校してすぐに話しかけてくれてありがとう、ダンス一緒にやろうって言ってくれてありがとう、音楽することが好きで曲も作ってるって言った時に笑わないで受け止めてくれてありがとう……まだまだあります。ありがとうがいっぱいある。』


これに関しては、こちらこそって思うことも沢山あるよ。


『俺が今、read i Fineとしてステージに立ってるのは俺の努力の結果だけど、その努力のきっかけをくれたのはいっちゃんです。色んな夢の話をして、笑い合いながら体操服の袋を蹴飛ばして下校した日がただ懐かしい。あの夢が、今一歩ずつほんものになろうとしている。夢みたいな景色を一緒に見られて、本当に嬉しく思ってます。これからも健康に気を付けて、いっぱい夢を見て、叶えていこう。ずっと大好きです。南方侑太郎みなかたゆうたろう。』


あいつさ、これ書きながら泣いてたっぽいんだよな。僕も今、ヤバい、えいちゃんのやつの次に読むのはちょっと破壊力が高い」


 眼鏡を外して目頭を押さえる御堂、声も微かに震えていた。

 しばらくして気を取り直したのか、大きく息を吐いてカメラを見据える。大きな目が艶やかに潤んでいた。


「元気になりましたのでどしどし行こう、ずっと元気だけど。あーと、じゃあとみーのやつ行ってみようか。


『御堂斎くん、お誕生日おめでとうございます。斎くんはダンスと筋肉の師匠です。』


ダンスは分かる、筋肉は分からん。


『俺は自分の細い体がそんなに好きじゃなくて、斎くんみたいな厚くて頼もしい体つきになりたいと思っています。だから筋肉の師匠と勝手に呼んでいます、そんな理想的な体滅多に見られません。斎くんはいつも優しいです。最初はクールで怖い感じの人かな、と思いましたが話せば相槌も面白くて、視野も広くて色んなことを心配してくれたり助けたりしてくれます。俺は斎くんみたいになりたいなあ、と思うことが最近多いです。』


涙腺馬鹿になるからやめろってお前。


『肉体的にも精神的にもずっと俺の師匠でいてください。森富太一もりとみたいち。』


最後の一文が面白すぎて涙止まった、ありがとうとみー」


 色々な部分に感謝をしつつ、最後の手紙を手に取る。これを読んだら来年までみんなの手紙は読めないのか、頻繁に供給が欲しい、と御堂らしい言葉で嘆く。


「最後はサーシャだね、頑張って書いてくれたんだろうな……。ロシア語から英語に訳して、そこから日本語にって手間暇半端ないな。どうなってるんだよ。読みます。


『斎くんへ。まず、この手紙は滉太くんのものと同じ書き方で書いてます。私が伝えたかった言葉とちょっとちがうとこもあると思います、ちがうなあと思ったら私が言いそうな風に頭で変換してください。よろしくお願いします。』


はい、分かってるよ。


『お誕生日おめでとうございます。斎くんと出会ってから三回目の誕生日ですね。今年もお祝いできて嬉しいです。斎くんは私にとってはただの、グループのお兄さんではありません、私よりダンスが上手なダンスリーダーです。私はなによりもダンスに自信があって、この事務所に入社しました。斎くんのダンスを見て、その自信はまだ持っていいものじゃないと感じました。』


そんなことは、ないと思うんだけどなあ……。


『一緒に練習をしはじめてからは、斎くんの動きに全部注目しました。息の吸い方、うでの挙げ方、体重移動、姿勢、すべてです。それで分かったのは、斎くんがダンスの練習を毎日欠かさないようにしていて、あと斎くんがすごくダンスが好きなことでした。』


そうだね、僕はすごくダンスが好きな人間だ。


『斎くんにとってのダンスは、人間にとっての水か酸素のようです。それがないと生きていけない、逆にそれがあれば最低限生きていける。そういうもの。だけど生きるために必要なもの、というよりこの世界と自分をつなぐために必要ないっこ、だと感じます。ヤギリのダンスは、ダンスに意味を持たせるものが多いです。音楽の付属にダンスがあるのではなく、ダンスというのも音楽のひとつだという哲学があります。斎くんはきっと、そこに共感してヤギリに入社したんですよね。』


その通り、音楽を伝える手段としてのダンスじゃなくてダンスで伝わる音楽が好きでヤギリに決めたんだよ。


『斎くんのダンスはそれ、です。だから私には斎くんの真似ができなかった。私はダンスを芸術だと思ってました。見てる人と、やってる人がいてそこには壁がある。壁を挟んで評価をする。そういうものだと思っていました。だから斎くんみたいな、見ていると座っていられない、訴えかけてくるものに応えたくなる、そんなダンスがあるなんてびっくりしました。この人がダンスリーダーで良かったと心から思いました。』


有り難い話、本当に有り難い。こんなこと、理解してもらえると思ってなかったから。


『いつか、斎くんが感じている音楽を私も感じたいと思います。そのためにもっと長い時間、もっと一緒に過ごしましょう、踊りましょう。愛しています。高梁透たかはしとおる


最後は告白だったな。いや本当、誕生日ってこんな生きてて良かったって思うイベントなの?」


 嬉しいなと御堂は言いつつ大きく伸びをした。顔は充足感に満ち溢れ、血色が良い。時間差で照れているようだった。



【51:11~ 最後の言葉】


「楽しかったなあ、みんなの手紙読めて本当に良かった。そんな訳でエンディングだね。僕は2014年四月入社なので、五年半か、五年半もヤギリプロモーションにいることになります。最初は漠然と『ダンスで食って行けるようになりたい』と思っていた子供が、こんな風にみなさんにお誕生日を祝ってもらえるだなんて思いもしませんでした。本当にありがとうね、みんなそんな暇じゃないだろうに。僕の配信に一時間近くも付き合ってもらえて、本当に嬉しいです。ありがとう。……Thank you so much for your time today. I know you guys don't have a lot of free time, but thanks for listening to my delivery. And I am so happy that you celebrated my birthday. ……ん、大丈夫、さっきと同じことしか言ってないよ。てか伝わるかな? そこが心配だけど。Do you think they'll get the message? I am a little worried. まあ大丈夫か。I believe “&YOU”. 僕はいつでも“&YOU”を信じてるから。あはは。あー、久し振りに英語使った。たまにはカッコつけてしまうこんな僕ですけど、まだまだやりたいことは沢山あるしそのために泥臭く生きていく所存なので応援などしていただければ幸いです。それじゃまたね、僕以外の今日誕生日の人もおめでとう!」



【この配信は終了しました。】

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