④ interview – SideA(御堂斎/月島滉太/高梁透アレクサンドル)

「行きたくない」


 宿舎のリビング、そのソファの上でちんまりと横になっていた御堂斎みどういつきは呟く。はっきりした物言いだが声音は小さい。しかし同じくリビングにいた桐生永介きりゅうえいすけにはきちんと聞こえていたようだ。


「面談に、ですか?」

「うん、行きたくない。話すことないもん」

「そんな中堅社員みたいなこと……」

「練習生的にはもう中堅だよ」


 入社して四年になる御堂だ。それなりのキャリアも積み、デビュープロジェクトに選ばれるのも当然と言われるくらいのスキルは身についている。ただ、本人としてはあまりピンと来ていないのだけれど。


「なんで僕、選ばれたんだろ」

「それ言うなら俺の方だよ……」

「桐生は歌上手いじゃん」

「斎くんはダンスが滅茶苦茶上手いじゃないですか」

「ダンス上手いのは、んー、……まあいいや」


 急に話を切り、起き上がる御堂。時刻を見ると面談三十分前だった。

 本社までは歩いて十分程度なので良い時間である。

 話を切られて驚いている桐生を横目で見つつ「行ってくる」と御堂は言った。筆記用具と、このあとボーカルレッスンが控えているため水分とタオル、それと眼鏡ケースをバッグに突っ込んで外に出た。大分温かい日が増えたな、と思った。



「最近眼鏡ですね」

「ダンスレッスンの時はコンタクトで、ボーカルレッスンの時は眼鏡です。眼鏡なのは、そっちの方が勉強してる感が出るからですが」

「分かります。私も眼鏡してる時の方が仕事してる感があって好きです」


 始めましょうか、と言って難波真利夏なんばまりかは机の上にファイルを置く。

 入った会議室は今までグループで使ってきたものより小さく、個人面談にはぴったりのサイズ感だ。面談を嫌がっていた御堂だったが、面談をしたことがない訳ではない。ヤギリでは半年に一度ほど、方針決めのための面談を行う制度があるのだ。

 今回もその面談と意味合いは変わらないだろう。唯一異なる点があるとするなら、部屋内に数カ所カメラが設置されているところだ。


「この映像は番組で使われるんですか?」

「そうなりますね。全編使われるのではなく、あくまで素材ということですが」

「なるほど」

「ですので素材になりそうなところを聞いていきます。まず、ロールモデルを教えてもらえますか?」


 ロールモデル、簡単に言えば『尊敬している先輩』だ。自分が今後どのようなキャリアを歩むか、その方向性の先にいる人物でもあり、自身が追うべき背中でもある。


「ロールモデル、は、『D.momentディーモーメント』の中禅寺ちゅうぜんじ先輩と、『Seventh Edgeセブンスエッジ』の近田ちかだ先輩です」

「どっちもメインダンサーですね。……え、中禅寺さんと近田さんですか?」

「その訊き返し方は失礼じゃないですか」


 失礼しました、と難波は頭を下げる。

 どちらも実力は折り紙つきなのだが、いかんせん技術面よりそのキャラクター性の方が印象深いふたりなのだ。そうなりたい、ということなのだろうか。


「『そうなりたい』ですね。中禅寺先輩は怪談師としても活躍してらっしゃいますし、近田先輩はもう、すごいじゃないですか。お嬢様キャラが」

「あれは衝撃でしたよ、本当に。女性アイドルのお嬢様キャラがあの方によって総駆逐されましたからね」

「あの人より面白くは誰だってできません」


『Seventh Edge』はライブMCが面白すぎることで業界でも有名なのだ。その一端を担っているのは紛れもなく近田智広だろう。

 気を取り直して、と難波は続いての質問を繰り出す。「自分に足りていないところはどこだと思いますか」と。


「ダンスだけは自信がありますが、それでも『read i Fineリーディファイン』としてはまだ踊ったことがないので何ともですし、歌ですかねやっぱり」

「ボーカルレッスン、最近頻繁に入れてますよね。先日の研修後も入ってましたし」

「練習生でバックやるならダンスだけで良いんですけど、そろそろ自分の苦手分野にも向き合っていかないとなあと思いました」


 御堂は決して歌が下手という訳ではない。サバイバル番組『Never Betterネバーベター』が開始された時点で、ダンスは当然だが歌もデビューレベルに到達していた。月次考課の評価やフィードバックを見返してもそれは判然としていて、卑下するほどではないのだ。

 ただ生来の高い音域が、残念ながらデビューを邪魔している。


「──一昨年から、歌う曲を女性曲にしてから成績が上がってますよね」

「やっぱりキーが合わないってことみたいです。残念ながら」

「まあそれはそれで武器ですし。低い声も決して不安定ではなかったので、使い方によりけりだとは思います。私は御堂くんの声を聴いて、歌わせたい曲が沢山思い付いたので」

「……ありがとうございます」


 複雑そうな表情だった。難波としては褒め言葉だったが、御堂にしてみれば技量も足りていないのにそんなこと、というプレッシャーを感じた発言だったかも知れない。

 技量の点で言えば不足はないと思うのだが、となると足りないのは『自信』か。


「御堂くんは、ダンスに自信を持てたのはいつ頃ですか?」

「ダンス──は、真剣にやって五年目くらいでしたから小学五、六年生くらい……?」

「歌に関しては巻きでいきましょう」

「え、っと」

「半年で自信があるところまで持っていきましょうか」


 半年でもかかり過ぎだとは思うが、という言葉は飲み込んで難波は御堂を真正面から見据えた。その目を見て御堂は息を呑む。見たことがある目だ、あらゆるダンス指導者のこういう目を今まで見続けてきた。

 できるまで終わらせないという目、できるまでやれという強迫の目。

 良かった、御堂は思った。自分の根っこに「できるまでやればできる」という考えがあって、と。


「あと、そうですね、ひとつお話ししたいことが」

「はい?」


※   ※   ※   ※   ※


「いっちゃんやん、終わったとこ?」

「あー……五分前に終わった。もう中にいるから部屋、入っても良いと思う」


 じゃあ行こ、とひとりごちて月島滉太は御堂に手を振った。

 御堂の様子がおかしかったことに気付かない月島ではない。眼差しは疲弊が滲み出ており、ボーカルレッスンへ向かう足取りは重そうに見えた。難波に何か言われたという予想は容易くつく。しかし、肝心の『何を言われたのか』は見えない。

 まあ同じグループでもそんなものである。大事なのは、実際に御堂が疲弊していたことなのだから。宿舎戻ったら話でも訊こう、と思いつつ月島は会議室の扉を開ける。


「お疲れ様です。どうぞこちらへ」

「お疲れ様です。すいません、遅かったですか?」

「いいえ、むしろ早いくらいですよ」


 難波の前に着席した月島は、何の変哲もない普段通りの難波の、次の言葉を待った。



「ロールモデルは、『2dot.ツードット』の嵐山あらしやまさんと『Seventh Edge』のメイジさんですね」

「どちらもオールラウンダーですね。歌もダンスもとても良い」

「人間性が好きなんです。嵐山さんは自分にいちばん厳しくて周りにもそれを求めがちだけど決して不可能なことは要求しないし、メイジさんは自分が教え始めたら見捨てないんですよ、絶対に。本人よりも諦め悪いし、そういうとこええなあって思ってます」

「確かに。二人共、練習生や後輩からも好かれていますよね」


 あわよくばではないが、できるところまで二人に近付きたいというのは月島の紛れもない本音である。特に嵐山に関しては今度『夏嵐なつあらし』で共演が決まっている。可能な範囲で相手の良い所を盗めたら良いとは思っているが──そこまで余裕があるのかという心配もある。

 数回参加したが、あらゆる仕事のなかでいちばん辛い現場が『夏嵐』だった。その記憶が未だにずっと根付いている。


「自分に足りていないと思うところはどこですか?」

「……カリスマ、ですかねえ」

「ほう」


 技能的な面で御堂が答えた質問に対し、月島はメンタルにほど近い部分で回答してきた。

 カリスマ、これまたアイドルには必要な素養のひとつである。


「どうしてもバランスを考えてしまうんですよ。今ならこいつが前に出て、このパートはバラバラになりやすいから歌もダンスも気を付けて、フォロー入れて、とか考えると本当自分のことなんて考えられなくなってしまうというか……」

日出ひのでくんがあなたをリーダーに指名した理由がよく分かります。悪いことではないんですが、もったいないですね」

「……『Never Better』に呼ばれなかった理由もそこなのかなあ、と。ふと、」


 月島の発言に難波は口を閉ざした。

 だけれど視線は逸らさない。真っ直ぐと、月島の方を向いている。


「難波さん?」

「『Never Better』に関しては、そういうことではありません」

「……『そういうことではありません』?」


 どういう意味だと問い掛ける前に答えが既に出される。


「月島くんの技量不足や、メンタリティの欠如であのサバイバル番組に呼ばれなかった訳ではありません。最初から、あなたが呼ばれる番組ではなかったのです」


※   ※   ※   ※   ※


 ヤギリプロモーション所属五人組男性アイドルグループ『Nb』、読み方はそのまま『エヌビー』。メンバーは金子謡かねこよう小野寺聡介おのでらそうすけ岡本智与おかもとともよ市川純架いちかわすみか──そして、久野親治くのちかじ

 一般参加者、ヤギリ練習生合わせた二十三人の最終候補者から2015年に行われたサバイバル番組『Never Better』を経て2016年にデビューをした今、ヤギリで最も新しいアイドルである。


「『Never Better』はそもそも久野親治という練習生をデビューさせるために開かれたサバイバル番組だという、真偽が七対三くらいの噂があります」

「七割本当やないですか……」


 難波の説明に思わず月島はツッコんだ。普段とあまり変わらない様子を一回看過し、難波は話を続ける。


「そもそもの話、一般参加選考は兎も角練習生選考の評定基準が謎なんですよね。何らかの介入がないとこういった評定にはならないでしょう」

「実力だけで選んだらこうはならない、ってことですか?」

「その通りです」


 当時の月島滉太は『CLoadクロード』という練習生グループの一員だった。そしてそのメンバーには現『Nb』の金子、小野寺がいたのだ。このグループに携わっていたスタッフは皆、次のデビューは『CLoad』だと思っていた。しかしその予想は『Never Better』プロジェクトの浮上と共に、良くも悪くも裏切られることとなる。


「だから逆に卑下していただかなくて良いんです」

「……と言いますと?」

「実力がないから選ばれなかった訳ではなく、んです。……嫌な話ですね」


 本当に嫌な話だ、難波は顔を歪めた。

 この手の話は本当に嫌いだ。自分がアイドルだった頃にもよくある、デビューがほぼ内定していたのに白紙になったケース、レコーディングまで終わっていたのにいつの間にか自然消滅していたケース、MVの撮影一週間前かそこらでいきなり方針転換が行われ撮影無期延期になったケース──人の人生を何だと思っているのだろうか。

 人生の限られた一瞬にあるきらめきを、磨き上げて研ぎ澄ませた宝石のような人間が『大人の事情』という濁った五文字で切り捨てられる様は、話に聞くだけでもおぞましい。自身がプロデュース側に立ち『大人の事情』の内情を実際に見て、理解はできるものもいくつかある。しかし極力そんなことはしたくない。

 だから『read i Fine』はドキュメンタリー番組として構成したのだ。


「逆に言えば『read i Fine』に月島くんを呼べたので、その点では感謝なのですが」

「『Never Better』に呼ばれてたら『read i Fine』にはなれなかったんです?」

「『Never Better』に呼ばれてたらあなたは『Nb』にいたと私は思っています」


 難波の断言に月島は呼吸を詰まらせる。とんでもないことを言うなこの人、身内贔屓も甚だしいのでは、いや大体『read i Fine』はこの人が「良い」と思った練習生の寄せ集めなのだ。そりゃあ身内贔屓も全開、いや身内贔屓というつもりもないのかも知れない。

 本当に頼もしいというか、この人の期待に応えなければと自身が沸き立って仕方がない。月島はシニカルに笑って難波の顔を見た。


「じゃあ良かったです、『read i Fine』じゃないオレのことをオレはもう想像できないんで」


 ずっと、かつて自分を選ばなかった人間を見返すように頑張るしかない、と思っていた。

 それは確かに大事かも知れないがもっと大事なことがある。

 ──今自分を選んでくれた人間に喜んでもらうため頑張る、そっちの方がよっぽどオレらしい。


※   ※   ※   ※   ※


 月島は面談後、ダンスレッスンをするため練習室を借りていた。一応時間制ではあるが、あとに予約が入っていなければそのまま続けても構わない。専用のスケジューラーで確認し、このあと自分が入れた二時間の直後二時間は誰も予約していないことを確認する。

 多少長く使っても大丈夫か──、その考えが間違えだった。気付けば二時間はとうに過ぎ、三時間も軽く過ぎようとしていた。これはいけない、オーバーワークだし予約管理的にも怒られる案件だ。

 急いでスケジューラーに実際の使用時間を打ち込み、月島は雑に荷物を片付けて部屋を飛び出した。忘れ物はない、鍵も返した、シャワーは帰る前に銭湯に寄れば良し、これでオッケー。そう思いながら到着した一階エントランス、出入口に向かって歩いていると後ろから追突された。前に転びそうになるが、不思議と体が動かない。振り返るとそこには月島の腰を抱き締めた高梁透たかはしとおるアレクサンドルがいた。眩しいくらいの笑顔を湛えている。


「……透かい、危ないやろ」

「えへへ、私がぎゅってしてるんで大丈夫です」

「つかほぼ浮いとるんやけど。オレ、爪先しか地面についてへんで?」

「……ええと、」

「あ、ごめん。一回持ち上げて、オレを地面に降ろしてくれる?」


 月島の遠回りな言い回しが高梁には上手く伝わらなかったため、月島は再度分かりやすい言葉でどうして欲しいかを伝えた。高梁は大きく頷き、月島を持ち上げて着地まで促す。


「着地! よしよし、って透はなんでおるん?」

「メンダンです!」

「あ、お前もやったんか。どうだった? ロールモデルとかおるん?」

「まだセンパイは分かってないですけど、くのくんは知ってます。くのくんのこと言いました」

「おお……」


 先程難波より話題に上がった『Nb』の絶対的センター、久野親治。今日はこの名前をよく聞くなあ、と思いつつあれだけ目立つ奴なので当然のことか、と月島は心中頷く。


「久野、会ったことある?」

「一回だけ? いつきくんとなかよしなので」

「……ああ、そうか、」


 久野と御堂はほぼ同期なのだ。確か高校も同じで同い年、久野も各種メディア媒体で友達の話となると御堂の名前をよく出していた。

 御堂も『Never Better』の話を聞いたのだろうか、そんなことを月島が考えているとエントランスのソファに誰かの影が出現した。いきなりのことに驚く月島と高梁、高梁に至っては驚き過ぎて月島に抱き着いている。


「って、いっちゃん⁉」

「え、え⁉ いつきくん⁉ なぜ……」

「あー……やっとつっきー来たあ……」


 ソファから起き上がったのは月島と入れ違いで面談の終わった御堂。ダウンジャケットにマスクをつけている出で立ちだ。

 しかしそんなことより問題はその声。どう考えても寝起きの声音だ、御堂はソファで仮眠を取っていたらしい。そのことに月島は大いに首を捻った。


「あれ、さーしゃもいる……」

「いつきくん、だめですよ、カゼ引いちゃいますよ」

「大丈夫……カイロ貼ってるし」

「大丈夫やないやろ。あーあー……」


 駆け寄りながら御堂の心配をする高梁と月島。普段なら御堂はこんなことをしないのだ。

 誰よりも体調管理に気を付けている人間だ、温度も湿度も変調しやすいこんな一階の、しかも寝るための機能なんて何も付いていないソファで横になっているなんて。

 カイロもマスクも体調管理の一環だろうが、逆にそこまでしてソファで寝たい事情でもあったのか。様子がおかしいことこの上ない。


「どしたん、いっちゃん。こんならしくないこと……」

「や……、あのさ、つっきー」

「うん?」


 聞いた? と御堂はか細い声で問う。何から何までらしくない。そんな控え目に質問するような奴だっけ、お前。


「『Nb』のこと? 聞いたよ」

「そう……」


 言いつつ御堂の顔がより一層曇る。あ、この顔。月島は思い出した、この顔はあの時と同じ、面談が始まる前に擦れ違って二言、三言会話した時と同じだ。

 そうか、あの時点では御堂はもう聞いていたのだ。『Nb』の成り立ちを、『Never Better』という番組の裏事情を。


「いつきくん……、泣いちゃダメですよ……」

「えっ泣っ⁉」

「泣いてない……、なんで僕が泣かなかんの……」


 高梁に押し潰されんばかりのハグを一身に受けている御堂は、確かに涙はまったく見せていなかった。ただ表情が重苦しいだけ。すると高梁が「なみだの話じゃないですよ」と、毅然と言い放った。


「ひとは、心でも泣きます。心で泣くとだれもわかりません、だれも『だいじょうぶ?』って言えないんです。だからなみだは出してほしい、それなら『だいじょうぶ?』って言えます。言いたいです」

「サーシャは心が綺麗だなあ……」

「ほんとによ。……あのさ、斎。どうしたん? お前が『Nb』のこと引っ掛かってるの、ちょっとオレ的にはイメージと違うんやけど」


 確かに入社歴や実力から見ても御堂が『Never Better』に参加していた可能性は低くない。つまり彼も月島と同じく、運営側の事情でサバイバル番組自体に参加させてもらえなかった練習生ということになる。

 だがそのことに関し、御堂が落ち込むということがイコールで結びつかないのだ。だってお前は、


「久野とは絶対同じグループにならない、って予想してたやろ」


 御堂と久野は仲が良い。ほぼ同期のスカウト組、同い年で同じ高校、趣味も似ていてプライベートでも頻繁に遊んでいる──久野の理解が最も深い人間かも知れない。だからこそ、自分が久野と同じグループになると無理が生じる、そう常々言っていた。その話は月島もよく耳にしていた。


「僕は久野と月次考課で何回か同じグループになったけど……それで気付いたというか、」

「なににですか?」

「僕と久野は良さを殺し合ってしまうんだな、って。どのパフォーマンスも出来栄えは全部微妙、僕らの実力は相乗効果にならないんだ、そういう相性の人間なんだって気付いたんだよ。僕らが気付いたことを、マネジメント側が気付かない訳がない」


 だったらどうしてそうも落ち込んでいるのか、再度月島が問い掛けようとした瞬間、御堂が「でも」と言葉を紡いだ。


「つっきーや、日出くんやみなもんは違うじゃん」

「え?」

「なんで、……ああもう、上手く説明できないんだけど、つっきーや日出くんやみなもんが出れないのは違うじゃん、僕みたいに久野と相性が悪い訳でもないのに、それなのに、」


 言語化下手すぎ、と自嘲した笑いをひとつ、御堂はそのまま高梁の胸に自身の頭部を預けた。

 つまり、御堂が落ち込んでいたのは自分が選ばれなかったことではなく、月島や日出、水面といった実力はある、グループにいてもプラスになるだろう人間が選ばれなかったことに、なのだ。


「……みんな、何年練習生やって、何年努力したと、どんだけ頑張ったと思ってんだよ。土俵にも上がらせてもらえないって、そんなのさあ……」


 あんまりじゃん、と消え入りそうな声で御堂は呟いた。

 その光景に、月島は驚いて言葉を失っていた。御堂ってこういう人間だったっけ、いや優しいのは知っている、面倒見も良いのも理解している、だけどこんなにも他人思いだったなんて──。


「あかん、いっちゃんのこと、好きやわ」

「だめなんですか?」

「だめやないわ、ありがとう透、大事なことに気付かせてくれた。なんもあかんくない、オレ、いっちゃんのことめっちゃ好きやわ」

「なんだそれえ……」


 御堂は依然、高梁に包まれたままだ。そこまで密着していて双方邪魔に思わないということがまずすごいが。


「多分後にも先にも、こんなに『そのこと』に対して悲しんでくれるのいっちゃんだけやな。オレは幸せもんやで、ほんとに」

「しあわせ? Happy?」

「はぴーやで。こんな心優しいいっちゃんと同じグループなんて、嬉しいやろ⁉」

「やめて、心優しいとかやめて、そんなんじゃない」

「『そんなん』やって」


 月島は御堂の髪を生え際から掻き上げる。今は暗色だが何度かブリーチを経験している、すこしパサついた髪だ。そしてそのまま指の腹で御堂の頭を撫でた。


「オレは『そのこと』については納得しとるし、別に落ち込んでもない。いっちゃんも落ち込まんでええんよ、今は『read i Fine』のが大事やねん」

「……それなら、良いけど」

「うん。……折角やしこのまま銭湯行く? あ、でも着替え持ってきてへんか」

「一回おうちもどりましょう。いる人ぜんいんで行きます?」

「その方がええな、ほらいっちゃん」


 月島は左手を差し出す。御堂は左利きだ。


「帰るで」

「……うん、帰ろうか」


 御堂はその手を何故か右手で掴んだ。あれ? と思っている月島を意に介さず、御堂はそのまま歩き出す。当然だが、体の半分に高梁がくっついたままだ。


「ええ⁉ 手繋いだまま帰んの⁉」

「手差し出してきたってことはそういうことでしょ。サーシャは腕組もうね」

「はい!」

「なんか、なんやろ、……微妙な気持ち……」


 こうして仲良く三人密着して帰ったのだが、この三人を迎えた宿舎のメンバーはあまりにも御堂の機嫌が良さそうで大層驚いたそうだ。

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