②Moving - after <chapter3>
《1号室》
「つっきー、つっきーが上で良い? 下のが良い?」
「どっちでもええよ。いっちゃんのが起きるの早いやろうし、オレが上で全然ええわ」
部屋に戻り荷物を粗方片付けた後、話題に上がったのは『二段ベッドどっちが上』問題である。1号室の住人となった
御堂は現役高校生であるし、加えてこの『read i Fine』において最も多忙な練習生だ。彼にバックについてほしいと言う所属アイドルは多く、御堂はほぼ毎月どこかしらのツアーに参加していた。今月も既に予約でいっぱいだそうだ。
「いっちゃん疲れへんの? 大丈夫?」
「なにが?」
「バックのお仕事。大変やろ」
「まあ……一日で振り覚えろとかざらだし、リハ一回だけとか場当たりだけリハなしとかたまにあるけど」
「想像を絶するしんどさやんけ」
月島は顔を蒼くさせる。いくら指名されてバックにつくことが名誉なことであっても、そんなことが「ざらにある」時点で返上したくなってしまう。月島自身、振り覚えが悪いとか遅いとか一切ないがそれでも嫌だと感じた。
「でもまあ、ダンス楽しいし選ばれるのは嬉しいし」
「それでも限度はあるやろ? これからユニットでの仕事も増えるやろうし、ちょっとセーブしていった方が……」
「やばいなと思ったらちゃんと言うよ? さすがに体壊してまでやることじゃない、っていうのは分かってるつもりだから」
御堂は二段ベッドの下に、前の宿舎から持ってきた抱き枕などを押し込みながら真剣な声で応える。
「今大事なのは『read i Fine』としてのデビューでしょ。分かってるよ」
「……なら、ええけど」
自覚しているのなら大丈夫だ、と思いたかったがどこか引っ掛かる。月島は何に引っ掛かっているのか分からずに首を傾げた。ただ何かが少し食い違っているような、そんな感覚が彼の喉元をつっかえさせたのだった。
《2号室》
「えと、じゃあ日出さんがシングルで、俺と高梁が二段ベッドってことで」
「はい!」
「え、それ決定なの? いいの?」
唯一の三人部屋であるここでも『二段ベッドどっちが上』問題に直面していた。しかしこの部屋は三人部屋ということで、二段ベッド以外にもシングルベッドがひとつ置かれている。
「シングルベッド、ふたりも使いたいんじゃないの」
「ですが敬老は大事ですよ?」
「敬老の使い方が違うから! ほら俺と高梁は同い年じゃないですか。ひとり年上の日出さんがシングルに収まってくれると、色々と話し合いしやすいかなと思って……」
「それはそうだな」
年下は当然年上に気を遣うし、年上だって年下に気を遣う。そう考えると
相変わらず綺麗な顔をしているなあと思った。桐生も整ってはいるが、高梁はレベルが違う。絵画から出てきたかのようだった。
「で、高梁どっちがいい? 上か下か」
「上がいいです。私、寝るの遅いので」
「夜起きてんの?」
「いっぱい起きてます。朝は眠たいです」
「だめじゃん」
桐生の冷静なツッコミに日出が噴き出した。だめじゃん、確かにそう、だめなんだけどここまで真っ直ぐに言うかね。まだ日本語も拙い子に対して。
「桐生くん、起こしてくれませんか……?」
「起こすのはいいけど。起きてね」
「がん、ば、り、ま……」
「最後濁すなよ⁉ ちゃんと言って、『す』まで言って」
突如としてフリーズしてしまった高梁の再起動を試みる桐生、という感じだ。日出はベッドの上に寝間着を出しながら喉だけで笑っていた。
これは予想以上に退屈しなさそうだし、なんていうか、もっと好きになれそうだと確信できた。ああ、三人部屋で大正解だったなと思ったのだった。
《3号室》
「南方上で良い? ぼく、深夜族だから平気で二時くらいまで起きてるし」
「ああ、じゃあ上で大丈夫です」
「ありがと~。お礼に部屋にある画集を好きに読んで良い権利を与えよう」
「ああ……どうも」
賑やかであった二階の二室とは異なり、この部屋は大分静かだった。メンバーの前では明るく朗らかな
二段ベッドの上下は呆気なく決まり(見ようによっては水面の独断で決定されたとも捉えられる)、各々好き勝手に荷物の整頓を始める。水面は服を割り当てられたクローゼットに仕舞い始め、南方は整頓もそこそこに机に向かい出した。手元にあるのは数学の問題集とルーズリーフ、勉強し始めたのだ。
「……いつもやってんの?」
「え? あ、ああ、はい、勉強ですよね。いつもやってますけど……」
「大学進学、真面目にしようとしてる人だもんね~。偉いなあ」
「……水面くんも真面目に大学進学決めた人じゃないですか」
「まあやりたいことの最高峰があそこだった、ってだけだけど。ちょっとは教えられるぜ、とか言いたかったけどこのレベルじゃ流石に無理だわ~」
「冗談って言ったじゃないですか。期待してなかったので大丈夫です」
「おいおい~」
はっきり言い過ぎ~、と南方を小突く水面。南方は乾いた笑いを漏らすが目は一切笑っていなかった。これは、と水面は一瞬険しい顔をする。あまり突っついてはいけないところだろうか、なかなか難儀そうだ。
「学科さ」
「はい?」
「強かった奴、紹介しようか? いくら芸大と言ってもまったく学なしで入れる奴の方が珍しいし、画塾でも模試トップクラスの奴とかいたから、良かったら紹介するけど」
「……いいです、大丈夫です」
視線を逸らして拒絶の反応を見せる南方。この言い方だとプライドが刺激されるのだろうか、ならば、と水面は「互いに利用し合っていこうよ~」と呼び掛けた。
「利用、ですか?」
「そう、利用。折角同じグループなんだから、お互いの人脈とかコネとか最大限使っていちばん楽な道歩こうよ~。そっちの方がデビューもしやすそうじゃね?」
この言い方の方が恐らく南方は受け入れやすいはずだ。水面は確信し、実際その通りになった。南方は頷いて「水面くんも思う存分使ってください」と応える。にっこり笑った水面は握手をするように右手を出した、握手ではないと南方が気付いたのは指をひらひらと泳がせていたから。
ぱし、と乾いた音が鳴る。契約成立、とでも言いたげな義務的なハイタッチだった。
《4号室》
「俺もちゃんと考えて高校入れば良かったかなあ……」
「どうしたんだよ、いきなり」
いじけたような素振りの森富に、土屋は「またか」と言いたげに眉をひそめる。森富にとって土屋はいちばん初めにできた直系の先輩であり指導係だ。そして逆に土屋にとって森富はいちばん初めにできた直系の後輩であり指導した後輩でもある。付き合いはそこまで長くないが、過ごしてきた時間は濃い。森富が土屋をグループ内で最も信頼していることが、その証左だ。
「だってちゃんとリサーチしておけば亜樹くんと同じ高校に行けたのに、って」
「……偏差値的に無理じゃね?」
「うぐっ! そういう、そういうこと言わないでよ! 奇跡あるかもじゃん⁉」
「奇跡言っとる時点でだめだろ。白詰の芸能科は一芸で入れるって話だけど、それは最低限の学力があったらの話だし。英国数の直近の成績言ってみろよ」
「……亜樹くんなんて嫌いだ」
「はいはい」
森富は決して馬鹿ではない、勉強が不得手というだけだ。しかも土屋が見た感じ、相当要領が悪いだけのような気がする。仮に勉強法を教えてくれる人間がいたら、きっと彼の成績は全教科総じて底上げされるだろう。知識欲がない人間でもないし。
ちなみに『read i Fine』のメンバーで現役高校生が通っている高校は南方を除いてすべて私立の芸能科だ。御堂と桐生が通う私立ストレリチア学院高校の芸能コースは仕事の実績が成績になる実力主義な学校、土屋と高梁が通う私立白詰高校芸能科は帰国子女枠もある文武両道をモットーする学校、そして森富の通う私立綿野高校タレント育成コースは自分の方向性によって授業が選択できる自由度の高い高校だ。南方だけは都立の進学校なので、彼がいちばん化物じみてはいる。
「まあ、いいじゃん。どうせ同じグループでずっと一緒にいるんだし」
「そう、だけど……」
「忙しくなったら学校行事もほぼ休まないといけなくなるし、ならここがお前の青春ってことで」
「上手くやってけるかな」
「お前なら大丈夫だよ」
ついこの間まで中学生だった彼が、新しい場所で上手くやっていけるか心配するのは当然のことだ。土屋は不安げな森富の頭をぽんぽん、と撫でる。銭湯での一件を見る限り大丈夫そうではあるが、自分がちゃんと見てやらないと。ちゃんといちばんの味方でいられるように。
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