第23話 最後のいたちごっこ。

俺は鈴木一郎が蓮を狙う通学路に向けて歩く。

蓮からも隠れてついて行く俺は、あの調停神との訓練で前以上に気配も消せるようになっていた。


8時08分

問題のポイントに来た時、鈴木一郎が迫ってきた。


端末になっている連中に同情しないこともない。

だが容赦はしない。

妹の調停神が教えてくれた。


「タカサキ、安心していいよー。あの端末達は端末の自覚はないし、嬉々として行動している敵だから遠慮はいらないよー」


その言葉があってもなくても俺はブレない。


修行の成果だろう。100キロを超える速度のSUVなのに血走った目の鈴木一郎の顔も見えてしまう。

奴の視線の先にいるのは俺の娘。


やれると思うな!

甘いんだよ!


中空に呪符を展開して「術発動!爆破術!」の掛け声で、SUVの前輪を破壊しただけで満足しないで更にフロント部分を爆破して持ち上げる。


火が起こるフロント部分を見て予定通りだと思った俺は、火事を止める為に「術発動!降雨術!」と言って局地的ゲリラ豪雨を起こす。


後は俺の力で…「術発動…念動術!」

今までなら降雨術と念動術の同時使用なんて出来なかったが出来るようになった。


当然蓮は呪符で守ってあるから直撃の心配はない。

巻き添えなんて出させない。小学生達も守り切る!


フェンスを破壊し、民家の壁に直撃する鈴木一郎のSUV。

SUVが歩道へと乗り上げた時に、逃げた子供が膝を擦りむくくらいは勘弁してくれ。


これで鈴木一郎は逮捕される。

安心した俺は蓮の前に出ると、「蓮、ずぶ濡れだから帰ろうぜ」と声をかける。


「お父さん?」

「おう。助けに来た」


「怖かったよ…」

「だな」


蓮を安心させたくて笑いかけた俺に、襲いかかってくる鈴木一郎。

手には斧と包丁。


斧?マサカリ?

よくわからんが知らん。


悪いが、一般人とファンタージを攻略してる俺が、勝負になるわけがない。


俺は「なんだお前は!?」と言って、あくまで知り合いではないアピールを欠かさず、蓮を抱き抱えながら回避してカウンターで蹴りを放つ。


吹き飛ぶ鈴木一郎だが蹴った感じが違う。

なんか強いぞ?


あれか…チャンスの女神が手を下して強化状態か…。


「蓮、警察を呼ぶんだ」

「うん!」


本気で回避する俺に追いつく鈴木一郎。

蓮の話では、既に警察は向かってきているらしい。


とりあえず周囲の目があるから武器も取り出せない。


呪符にしても、中空に出せば一般人にも見られてしまうので使うに使えない。

肉弾戦は蓮に被害があっては困る。


女神の意思だろう。

奴は俺に逃走させない為に、付近の小学生達を狙い始めて、庇った大人に容赦なく斧の一撃を喰らわしていく。


俺が前に出て、蹴りのみで圧倒をしていると、ようやくパトカーのサイレンが聞こえてきた。


その時だった。

確かに冷静に考えればそうだ。


俺のレベルはファンタージの199。

鈴木一郎はレベル1。

どうやって俺と張り合う?


女神が強制的に199にする?

そんな真似をあの女神がやるわけない。


無理矢理力を与えてレッドゾーンに叩き込む。

筋肉、内臓、脳、神経…。

全てに高負荷をかけて限界を無視させれば…エンジンなら焼き切れる。


鈴木一郎は穴という穴から血を吹き出して倒れた。



俺達は事情聴取で警察に連れて行かれる。

正当防衛だが、カウンターで放った蹴りが死因ではないかと疑われてしまい拘束された。


鈴木一郎は勝子同様に薬物中毒で、奴らが入信していたワンダー教に査察が入る事になった。


警察は案の定、勝子、太郎、次郎に付き纏われて、その旦那の一郎と来れば俺から根掘り葉掘り聞き出そうとする。


あくまで勝子の供述が全てで、被害妄想の結果でかつての桜子の同僚で、それ以外になんの接点もないとアピールをした。



その間にチャンスの女神はやらかした。


俺に対して勝ち目がなくなってくると、俺の周りを狙うのが正解だとばかりに、上田愛子と上田勇気が小学校に侵入して酸化剤をばら撒く。


要求なんてものはなくひたすら勝子の無罪を訴えて暴れ散らす。


そして前回女神が言っていた髙﨑友が、病院に酸化剤を撒いてテロを起こした。

病院には蓮の元に向かった桜子と一二三が居た。


俺がそれを聞いたのは、お話を聞かせてくださいと言われて連れて行かれた取調室の中だった。


「俺は先週、鈴木勝子とその息子達が逮捕された時に、「前の爆弾による爆破未遂もあります。疑わしいから身辺調査もよろしくお願いします」と言いましたよね?調べましたか?」


怒りを抑えながら訴えかける俺に、「疑わしいだけでは調べられない!」とムキになって反論する刑事。


「家族が心配なので帰らせてもらいます」

「それは…勿論だ」


俺は「後一つ言いますけど、今この場も疑わしいだけで俺を調べましたよね?不思議ですね」と言いながら、忍ばせた札を見ると桜子達の反応は消えていた。


何処かで予感していた俺は、警察の態度には怒りを感じたが、別に暴れる気はなかった。

「どうやら妻達は貴方達の怠慢で命を落としたようですね」

俺は言うだけ言って、反論も聞かずに自己犠牲札を取り出して命を絶った。



目を開けると目の前にはニコニコ笑顔のチャンスの女神が待ち構えていて、「おかえりなさいタカサキさん」と言ってきた。

俺は女神の言葉に努めて冷静になって、普段通り「なんだこれは?」と言う。


困り笑顔で「いやぁ、世界の補正が新たな方向に走りましたね。相手も残り少ないから、更に力をつけてきましたね」と言った後で、握り拳で「ですが逆を返せば、これをクリアすれば終わりに向かえますよ!」と言って前に出てくる。


「本当か?次には髙﨑友の子供とか出てこないか?」

「ああ、確かお子さんやお孫さんが居ましたね」


ほら出た。


「終わるのか?」

「きっと終わりますよ!」


女神の奴は表情を戻して、「では次の特典は何にしますか?」と聞いてくる。


これは元々調停神達と話していた。


「最後の特典はただ一つ。能力強化の力を望みなさい」


この言葉に従い「俺の力を強くできる師匠を用意してくれ。あの車の制止がギリギリだった。次はSUVじゃなくて、バスなんかで突っ込まれたら話にならん」と言うと、チャンスの女神は「確かにそうですね!すぐ用意します!」と言って俺をファンタージへと送り込んだ。

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