第22話 調停神との訓練。
訓練を受けるにあたり、一つの事が気になった俺が「なあ、あんだけ固執しててもチャンスの女神様は、俺に意思確認をしてきたぞ?断れば良かったんじゃないのか?」と思ったままを口にすると、「はぁ……」とため息をついた妹の調停神が、「タカサキー、何回かその言葉を使ってギリギリの時があったよね?」と聞いてくる。
俺の脳内にあの気持ち悪いギラギラした目をしたチャンスの女神の顔があったので、「あったな」と答える。
「あのまま放棄していたら、助けられなくなってたの。だから戦い続けろってメモをお姉ちゃんが渡させたよね?」
「アキタのメモ!アイツはやはりアキタなのか!?」
俺の言葉に姉の調停神が頷いて、「そうよ。アキタ氏は約30回のファンタージで、終わらない戦いに絶望をして、機会神が与えた機会を放棄したの。その瞬間、豹変して激高した機会神に殺された。そして目覚めるとファンタージを攻略する挑戦者からファンタージの住人にされていた」と説明をした後で、寒気のする目で「一つ聞くわ。貴方がファンタージに来るとどんな気持ち?」と聞いてきた。
「気持ち悪いと言うか、居心地が悪いと言うか、帰りたい気持ちになる」
「そうよ。その気持ちを残してファンタージに置き去りにした」
姉の調停神の言葉に俺は青くなると、妹の調停神は「それがあってお姉ちゃんはファンタージに乗り込んで来たんだよ」と言い、姉の調停神が「言わなくていいの」と言って妹の調停神を遮る。
呆れ顔で「えぇ〜?言いなよ」と言った妹調停神は、「私のお姉ちゃんは本来なら博愛の女神だから、殺される命を見ていられない。それもようやく人対人なら我慢できるようになっても、神が人にそんな真似をするなんて許せないの。でも神の世界で表立って動く事が出来ないから、こうして裏で手を尽くす。絶望で泣き崩れるアキタにも優しく手を差し伸べたよ」と言うと俺の中に一つの映像が届く。
「伝心術?」
「まあそう思ってていいよ」
俺が見たのは、最後の街の路地裏でうずくまって、「帰りたい」「死にたい」「終わりたい」と泣くアキタの姿。
「アキタはファンタージに取り残されたから、死んでもはじまりの丘に戻るだけ。死ねるのはお爺ちゃんになって寿命を迎えた時だけ。この時のアキタは既に何回も死に試して、辛いだけで死ねなかったんだ」
慟哭の嘆きの中「聞こえますか?聞こえたら右手を上にあげなさい」と姉の調停神の声が聞こえる。
「私は別の神。今はまだ助けられませんが、必ず助ける事を約束します。だから耐えて。そして私の存在をチャンスの女神に悟られないで」
泣きながら頷くアキタに、姉の調停神は帰りたい気持ちなんかを鈍らせて、耐えられるようにした後で一つの仕事を頼む。それはあの日俺に渡したメモを、スリのフリをして俺に渡す事だった。
映像を観た俺は「危ないところだった。あのメモがないと俺もアキタみたいになるとこだった…」と言うと、妹の調停神が「本当だよ。お姉ちゃんに感謝しなよ。まあタカサキが1番神に近づいていたし、見所があるから助けたんだけどさ」と言う。
俺はここで一つの事が気になって姉の調停神の顔を見る。
女神なのに日本人に近い顔。
「あれ?宅配便の…」
「ええ、あの時は偽装してそっちの地球に入ったわ。あそこにも端末がいる。あそこでアキタ氏の話を出されたら終わりだったの」
「端末?誰だ?」
「大阪大五郎氏よ。彼は基本的に無意識で善意の味方よ。ただどうしても拝み屋をしている彼は、神とのチャンネルが出来ているから機会神の影響を受けてしまう。貴方にバタフライエフェクトの話を刷り込ませたのも機会神の策略よ」
俺はまさかの名前に絶句をした。
大阪大五郎はいつも俺達に親身で、勝子達みたいな危険さはなかった。
「じゃあ大阪さんの前でアキタの名前を出してたら…」
「アキタ氏はさらに酷い目に遭ったわ」
俺は改めてなぜ今まで助けに来なかったのかを聞く。
「この状況を待ち望んでいたの。機会神は貴方とのイタチごっこの為に、新たな術を得る必要があった。だから基本的に貴方の見えないところで、神の世界…神界でさまざまな神に術を教わったりするの。そして、新たな力を教える先生を用意してこの街に住まわせる」
「機会神が誰を呼んだか把握出来なくなって、紛れ込めるタイミングまで我慢して待ってたんだよ〜。でも本当ならもう少しイタチごっこを続けてもらう予定だったのに、お姉ちゃんがブチギレてもう我慢出来ないからってファンタージに乗り込んできたの」
「ブチギレ?」
「通学路と電車だよ。お姉ちゃんはああいうのが許せない。しかも機会神の指示で行われた。家族を失って泣く涙に感化されちゃったの」
姉の調停神はバツが悪そうに「言わないでいいの」と言って止めるが、妹の調停神が「お姉ちゃんは怖いよ〜。怒ったら機会神なんて瞬殺だからね」と言った。
「そうなのか?」と俺が聞き返しながら、娘の蓮よりは年上だが何処にでもいる雰囲気の姉の調停神は、呆れ顔で「無駄口は終わり、とりあえず心を読ませなくする方法とかを教えるから覚えて。次の回で倒し方を教えるわ」と言って訓練が始まった。
訓練は大変で、日常生活でも表情は豊かにしながらも、ポーカーフェイスを決め込んで心を読ませない。
調停神は料理上手で、朝食から何種類も作る。今も夕食を作ってテーブルに並べると「さあタカサキ、どれから食べる?」と妹の調停神が話しかけてくる。
目の前には肉と魚と野菜がある。
今日の気分は肉だが、悟られないように心を読ませないようにして、「魚だ」と言いながら肉に手を伸ばすと、心を読んだ姉の調停神が先に肉を取って、「じゃあ肉は私が先に食べるわ」とやる。
妹の調停神はニヤニヤと「わかりやすいなぁ〜」と言って笑うし話にならない。
そして折角だからと戦闘訓練まで仕込んでくれて、助けてくれる女神を殴ることに躊躇したら、次の瞬間には血だるまの半殺しにされていた。
ひと月経つ頃には、なんとか「まあ機会神くらいなら騙せるでしょう」と姉の調停神が言い、妹の調停神は「まあ私とお姉ちゃんは騙せないけどねぇ」と笑ってじゃんけんを仕掛けてきて俺は負けていた。
魔王戦はもはや流れ作業だ。
倒し終わるとチャンスの女神が降り立って俺を労う。
「今回のファンタージはどうでしたか!?」
ニコニコと聞いてくるその顔に、悪意なんかは感じない。
本当に利己的で自己中に振る舞っているのだろう。
だが俺は何度殺された?
桜子は?一二三は?蓮は?父や母達は?
俺は怒りを隠しながら、「人が多すぎるのに街が少なすぎる。もう少し散らして欲しい」と言うと、嬉しそうに「ありがとうございます!頑張りますね!」と言う。
「まあ後はこの居心地の悪さをどうにかしてくれ。訓練が捗らない」
「チャンスの女神としては、それでファンタージが気に入って住まれると困るんですよねぇ」
「ならせめて不快感は時間経過にしてくれよ。来た瞬間に帰りたくなると訓練や感想どころではない」
「わかりました!ありがとうございます!タカサキさん。次こそは終われるようにお祈りしておきますね」
ニコニコと微笑んで首を傾げて話すチャンスの女神。
この瞬間の女神の目を見た。
終わらせる気なんて1ミリもない悪魔の目をしていた。
「ああ、終わらせてやる」
俺はその言葉で日本へと帰った。
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