第15話 バタフライエフェクト。

9度目のファンタージ。

確かに会話にバリエーションも付いていて人も増えている。

そして会話の質も向上している。


新たにできた最後の街には、魔王の魔力が減るタイミングを教えてくれるやつも居て、それから攻め込んでも何とかなるようにキチンと改良されていた。

街自体も長期滞在が嫌では無い作りだが、小癪なのが失われた聖都の方が住み心地がいい。

今回も魔王の魔力が弱まるまでは聖都で呪符の修行に費やした。


だがまだ荒削りで、無駄話と世間話の違いとか、無駄と無駄以外の違いがわからない感じで、邪魔な奴とかが出てきて結構な頻度で絡まれる。


警戒札も因果応報札も威圧札すら効果を示さないのか、変わった風貌をしていてヒントでもあるのかと思って見ていると、「僕を見たな!バカにするのか!訴えてやる!嫌なら金を払え!」と迫ってくる。


構っていられないのでワンパンで沈めたが、この手の輩が増えた。

なんというか匙加減がまだ甘い。


そこら辺を説明すると、女神様は喜んで感謝を伝えながら任意位置からの復帰能力をくれた。



俺は当然蓮が殺される日に戻る。

朝起きると変わらぬ日常が待っていた。


妻の桜子は「やだ。なんかすごい疲れてない?」と声をかけてきたので、「よく見てるな。夢の中で1ヶ月過ごしてきた」と言ったら、「ふふ。妻って凄いのよ。キチンと家族の顔を見てるのよ」と言って笑った。


家族の顔を見ている…か…。

俺はこれから、そんな事がない世界からきた魔物みたいな奴と戦いに行くんだ。


この日は土曜日なので仕事はない。

大阪大五郎のところに行って拝み屋の手伝いをしたりする。


大阪を凄いと思ったのは、途中からの復帰だったからか、昨日までの俺との違いを看破してきて「何があったんだい?」と聞いてきた。


「わかりますか?」

「わかるさ。とてつもない力を感じるよ」


ここで俺は女神様が力をファンタージと同じにしてくれていた事を思い出して、俺はこの時一つの選択をした。


「ああ、実は今日死んだんです」

「何?」


「俺は死ぬと仙界のようなところに行くんです」

「それでは…」


「はい。詳しくは話せませんが、仙界に行くととある条件をこなすまで帰れません。今回から任意の場所に戻る事が出来るようになりました。前回までは生まれた時に戻されるので、大阪さんに会うようにするのも桜子と結婚するのも頑張りました」


偶然を装っていたが、俺はやはり異質だったのだろう。話を聞いた大阪は「長く辛い道のりだったね」と言ってから、「だから君の結婚式は初々しさが無かったんだね」と笑われた。


「あれ?毎回緊張してましたし、初心を忘れないようにしていましたよ?」

「隠せないものさ」


俺の話を信じてくれる大阪大五郎は、話せる範囲で今までの生を聞き、俺が今日の死因を伝えようとすると、「いや、やめておこう」と言った。


「何故です?」

「バタフライエフェクトという言葉があるんだ。一つの選択、一つの行動が後々に影響を及ぼす。確実にこの会話で未来が変わる。君はなんらかの出来事で今日死んだ。

万一今日に戻る事があれば、トライエラーというのも人聞きが悪いが私に話さない選択をしてみるんだ」


「成程」

「後は仙界ではさわり程度で構わないから、新たな師事を受ける事だ。勘でしかないが、多分呪符にも限界が来るだろう」


不思議な事に、俺よりずっと年下の大阪大五郎の言葉が胸に突き刺さる。


見た目の問題かも知れない。


俺は大阪大五郎に感謝をしてから少しだけ考えを改める。


トライエラー?

大いに結構じゃないか。


何がなんでも一二三と蓮、桜子や両親達を幸せな終わりに導く。

今度こそ終わらせてやる。


俺は帰ると新しく覚えてきた風壁札を作って持つ。これは緊急時に暴風が身の回りに吹いて身を守る。

勝子の一撃もこれで防げる。

勝子も面倒なのは会った事ない義理の妹で、妹なのだから女様だという事だ。

これがファンタージなら確実に男女平等パンチや男女公平キックで倒せるが、こっちでは下手に倒して人権団体さんが出てくると非常にまずい。


ただでさえ俺には非業の死が待っている。

人権団体とのバトルルートなんかに突入したら、不特定多数から四六時中命を狙われる。


俺は今回も万一に備えつつ、前回とは全く違う道を選ぶ。


蓮が襲われるのはバイト帰りだ。

場所はわかっている。

だからこそ一二三に「なあ、閃いたから付き合ってくれ」と言って、蓮のバイト先に連れて行く。


「父さん?どうしたの?」

「ん?仮に蓮が結婚式をする時にムービーなんかを流すなら、心配性のお父さんが迎えにきたってムービーを流してほしくてな」


一二三はいたずら好きで、「いいねぇ〜!蓮の奴思い出して泣くよ。やろう!」と言うと、スマホを取り出して俺の顔を撮って「父さん、どうしたの?」と聞く。これはもう撮影が始まっている。


「蓮は可愛いから、変な男に襲われないか心配だ」


俺が答えると「えぇ?じゃあ蓮のバイト先に行くの?」と一二三が言う。

そこで桜子から着信が来るので、「ああ、なんとなく蓮が心配になったから、迎えに行こうと思ってな。虫の知らせって言うじゃないか?心配性?家族の為だから笑って許してくれ。風呂でも入って待っててくれ」と言って電話を切ると、一二三は「バッチリ」と言う。


蓮は俺たちを見て驚いていた。

それでも「なんか変な視線とか気のせいって思っていたけど、感じてたから助かるよ」と言ってホッとした顔をしていた。


だいぶ前から狙われていた?

勝子と鈴木太郎め…。


だが無事に回避した。


今は一二三がムービーを撮りながら、「蓮、そういうのはキチンと俺たちに言えよな」と注意をしてくれていた。


その時、けたたましいサイレンが聞こえてくる。

「うっせーな、パトカーかな?」

「いや…消防車だな」

「お父さん、火事だよ!」


蓮の指差した方角はウチの方角で、俺は無性に嫌な予感に襲われる。


そして何故か大阪大五郎の「バタフライエフェクト」と言った言葉が頭の中にあった。


蓮を守ったから?

次に狙われるのは桜子か?


「走るぞ!…違う…。舌を噛む!口を閉じてろ!」

俺は2人を抱えると家に向けて加速をする。

ファンタージの能力がある俺は、軽々と2人を抱えて走る事ができる。


子供達は悲鳴をあげていたが知ったことではなかった。


もうウチでないようにではなく、桜子には無事で居てもらいたい一心だった。


家の前には人だかりが出来ていた。

立ち尽くしてしまう俺達は、勝子のSUVに撥ねられて更にバックしてきて蓮と一二三は殺された。

あっという間の出来事。


俺だけは風壁札が身を守ってしまった為に生き延びてしまっていた。


病院で全てを聞いて絶望した。

桜子は俺が風呂に入るように勧めた事で札を外していた為に、風呂場で勝子に刺されてから火事に遭い死んでいた。


今回の勝子は重度の薬物中毒者だった。俺を轢いた時、助手席には鈴木太郎も居たらしい。

車で後を追って蓮を狙ったが、俺たちを見て狙いを桜子に変えて犯行に及んでいた。

被害妄想も甚だしいのは、自身が薬物中毒者になった理由すら幸せな結婚をした桜子が悪い。子宝に恵まれてなんの苦労もない桜子が憎いというものだった。


今回も泣き崩れる両親達と鉢合わせした上田愛子は、俺に気づき笑っていた。


俺は呪符の力で命を絶って次のファンタージへと向かった。

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