第2話 ファンタージ。
はじまりの丘に降り立った俺は、眼下に広がるファンタージの景色に早速吐き気を催す。
前回はアラフォーで死んだ。
給料の使い込みと、生みの親が遺した遺産を勝手に奴等が受け取って、相続税だけ俺に払わせて、勝手に腹違いの弟を使って契約した、怪しさ満載の生命保険の存在を知って問い詰めたら、次の日に帰り道でやられた。
まさか、警察の名を出しただけで殺しに来るとは思わなかった。
背中に走る衝撃、目の前が真っ赤に染まり…息苦しくて助けを呼ぼうとした時には、眼前にはタイヤがあってペチャンコにされていた。
今回は16なので肉体的にも若い。
10日でクリアしてやる。
今回はうまく行くと思っていた。
前回は何の知識もなく子供時代を過ごし、騙されるがままに過酷な仕事を選ばされて、振り込まれるだけの給与は、アイツらが判子と通帳と弟を使って引き下ろしていた。
40歳を区切りにして、仕事を辞めてリスタートを考えた。
貯金なら23歳からの17年分がある。
忙しくて使えなかった給料。
概算3000万円。
仕事を辞めて、今度は安定した職に就いて地方暮らしでもいいから独立しようと思い、仕事を休んで仕事に行くフリをして銀行に行って残高を見てビックリした。
給与の振込口座から定額自動送金に設定したおいた、ノータッチの口座はすっからかんだった。
だからこそ今回は早々に定期預金にして、まだ6歳の弟では俺に偽装できないようにして、金を貯めて前回身につけた知識と経験で、学生をしながらその道では知らない人がいない企業に自分を売り込んで、アルバイトの立場でお世話になりながら生計を立てて自費で高校に通う事にした。
会社からすれば、16歳で会社が導入したばかりの機械類を使いこなし、マニュアルの作成までこなす。
だが俺からすれば、ブラック企業で古いシステムのまま40歳まで働かされた経験から、経験値はかなりのもので未知のトラブルすら未然に回避してしまう。
同業他社がトラブルに見舞われる中、回避していた俺を見て社長が飛んできて大喜びした時には将来が安泰になったと思った。
アルバイトなのに高校卒業後の進路とポストは約束されていて、高校に通うのは企業側の最低条件が高卒以上だったからだった。
平日は毎日3時間。
土曜日は8時間で日曜日は休みの労働だが、大卒の初任給をゆうに上回る金額を貰い、今度こそ成功をさせると思った矢先のコレである。
この時の俺はもう三度目の事を考えていて、どうやって身を守るか、同じ企業に入る以外の道は考えずにいかに身を守るかを考え始めていた。
眼下にはじまりの町が見える。
ファンタージに降り立ったばかりの人間達に、情報を授けてくれて旅の軍資金代わりの仕事をくれる町だが、俺はさっさと無視をして仕事で取ってくるはずの大林檎の木に向かい実を取りながら、周りにいる小型の初心者向け魔物をコレでもかと狩る。
実はチャンスの女神は気付いていないが、このファンタージの世界はバランス調整に失敗していて、武器を揃えなくても大林檎周辺の魔物達は素手で簡単に殺せるし、変な話だが心が痛まない姿の魔物ばかりで、流れ作業で戦って腹が減れば大林檎を食べれば体力も回復する。
俺は九日間この大林檎周辺に陣取っていて、何人かのお仲間が来たが身を隠してやり過ごす。
この先は御告げの祭壇を目指せと言われるが目指した所で何もない。
テンプレート化した旅の情報が垂れ流されるし、誤情報も多い。
前回会ったアキタは馬鹿正直に周回プレイをしていたが、その必要が無いことは誤情報に踊らされて死んでもいないのにレベルを1に戻された俺が1番よく知っている。
「さて。小金も貯まったし、さっさとカンストしてクリアするぞ」
そう言った俺は天に向かい「レベルアップ!」と言うと精算が始まる。
この世界は経験値が貯まったら精算をする。
はじまりの町に行くと、大林檎を取ってきてと言われ、大林檎を渡した時に町娘から精算について聞き、試すように精算をすると大体レベル2になる。
だがこのシステムが後々足を引っ張る。
仮にレベル1から2にするなら、大林檎を狙ってくる枯葉の集合体の枯葉人を5匹殺す必要があるが、レベル2から3になるには5匹ではなく8匹必要になる。
そしてある程度から何匹倒しても経験値にならない。
だがレベル1からレベル3に一気に上げるなら枯葉人は13匹ではなく8匹で済む。
なので俺はここで乱獲し続けた。
これは1回目の時、【秘宝を授けてくれる有閑マダム】という女の所に行った時、経験値を根こそぎ奪って、はじまりの丘に送り返すだけの実は【悲報を授ける女】だったのだが、冒険に戻らずにここで暫く枯葉人を倒したら、予定を遥かに上回るレベル48まで到達していた。
ちなみに有閑マダムは、殺せば今まで奪ってきた経験値が手に入ると言われて戻ったのに、どこかの誰かに殺されていた。
そしてそいつは志半ばで死に戻りをしてくれていた。
前回は3日で48だったので今回は9日やったので見事にカンストの99。
後は魔王をぶちのめせば終わる。
魔王の城とかいうのがまた小憎らしい作りをしている。
無論チャンスの女神様は勇者装備とか用意してくれているがコレも落とし穴だ。
エグゼクティブソードとアーマーとシールドとヘルムの豪華4点セットだが、装備するにもステータスが特殊で、隠しステータスを鍛えないといけなくて手間ばかりがかかる。
そのくせ弱い。
前回は他の日本人がソードとかを手に入れていて、盾だけ手に入ったが持つには神聖だかの隠しステータスが必要になる。
これを上げるには町で困った人を何とかするサブイベントをこなす必要がある。これまた落とし穴で、実はエグゼクティブ装備自体は弱い。
盾を持てるくらい神聖が上がれば大抵の魔法攻撃は耐えられる。
意味がないのに意味を持たせている。そんな訳でとっとと魔王城に向かう。
ダンジョンは散々踏破したから問題ない。
装備なんて散々貯めた小銭で買えるだけで十分だ。
はじまりの町にある、はじまり装備で済ませた俺は一気に魔王の城に進む為に回避不能のデス火山と水晶の谷だけは踏破するが、二周目舐めんなと思いながらさっさとクリアをする。
一瞬でも面倒だったのが、前回は誰かが倒していた水晶龍がまだ居て襲いかかってきた事だ。
またまた続けると、このファンタージのシステムはトコトン足を引っ張る仕様になっている。
倒した敵や倒し方で成長の方向性が決まる。
普通に街の誤情報に踊らされて、勇者の武器に比べると二段くらい弱い序列3位みたいなアイスソードを氷の宮殿に取りに行かされると、氷の紳士や氷のプリンスとか言う連中に襲われる。
勝つ為に火魔法に力を入れてしまうが、それでレベルアップをするとステータスの上昇が魔法寄りになってしまう。
そしてまたエグいのが魔王城の魔物達は火魔法がよく効く。
なのに魔王の奴は火耐性が凄くて火を浴びせても鼻で笑ってやがる。
前回は前を行く日本人がそれでやられていた。
そしてアイスソードは呪われている。
持つと身体が凍るとかならまだ被害は少ないが、全くの別物で持つと常に四六時中命を狙われる。
アイスソードの呪いは「周りが殺して奪いにくる」だ。
これから氷の宮殿を目指そうかという時に、アイスソードを持ってきた男は周りの奴らに襲われて死に戻りをしていた。
ここまででわかっている事は、ファンタージは死に戻りのトラップまみれだという事と、あの女神はバランス調整が死ぬ程苦手だという事。
実際には枯葉人や石人間なんかの、物理で倒せる敵だけを倒してレベルアップした方がいい事。
俺は水晶龍の素材を持って最後の街まで行き、売れる物を売って最後装備を手に入れる。
ここは女神様の救済だが、この街で手に入る武器防具でも魔王は倒せる。
俺はそのまま魔王の城に向かうと、トラップと仕掛けを片っ端から破壊して魔王には見せ場もなく散って貰う。
「おめでとう御座います。クリアです。チャンスの女神の名において貴方に再びの生をお約束しましょう!」
エンディングなんてない。今ファンタージに来ている連中は全てクリアになって日本に生まれ直す。
そしてファンタージはリセットされる。
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