第5話

意味もなく、家の中をウロウロする彼に、私は何度、同じ言葉を掛けただろう。

『ねぇ、あなた、ご飯食べて?』

何度もそう問いかけているのに、彼は全然話を聞いてくれないの。

あの子にだけご飯を食べさせる彼は、何をするでもなく落ち着かない。


『ねえ!このままじゃ倒れちゃうよ!あなたに何かあったらどうするの?

ねぇってば!なんでもいいから口にして?』


相変わらず、家の中をウロウロと歩き回る彼について歩きながら、

私は、しつこく同じ言葉を掛け続けた。


彼は、毎食、あの子にだけ食事を準備し、

お父さんは後で食べるからと、一緒に食事を摂ろうとはしなかった。


「お父さんご飯食べて。俺が準備したから。全部残さないで食べて。」


あの子に、私の意思が伝わったのだろうか。

いつの間にか食事を終えたあの子は、彼のために食事を準備していた。

テーブルの上を見てみると、大盛りのご飯の上に、卵が乗っている。


心配そうに彼を見つめるあの子の頭を撫でると、彼は力なく笑った。


「ありがとう。」


そう言って、あの子が準備した卵かけご飯を、

無理矢理に飲み込むように、胃の中へと押し込んだ。


私は、こんな彼を知らない。

彼は痩せているけれど、たくさん食べる人だ。


こうなってみて初めて、私の知らない彼を、たくさん見つけた気がする。

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