金沢にて .16

「はっきりしているのは、千堂夫妻も被害者ということですね。もし、攻撃に加担していたのなら、二人は既に逃亡しているはずですし」


「おそらく、犯人は二人の回路を通じて、阿久津さんの中に潜って攻撃を加えていた」


「しかし、どうして、犯人は攻撃を中断して、この場から逃走したんでしょうか?」


加納が不思議そうな顔をして訊く。これは、既にある程度、予想が付いている。衛は自分の考えをまとめながら話す。


「予期せぬ乱入者が出てきたから」


「乱入者?」


「ええ。時系列を追って、整理しましょう」衛は加納に向き合って、「まず犯人は、今日、日付が変わっているので、正確には昨日ですが、早朝、施設にぎりぎりまで接近し、拘束限界の内側に入る。そして、阿久津さんの中に潜る。この段階では、偵察の意味合いの方が強いでしょう」


「異変を察知した卑弥呼の防衛機能が、阿久津さんを眠らせたのは、そのためですね」


衛は頷く。ここまでは先ほど、確認した通りだ。


「そして、ある程度、攻撃箇所に当たりをつける。その後、犯人はこの部屋に忍び込み、帰宅してきた千堂夫妻を拘束し、本格的な攻撃を始める。しかし、ここで、計画にない要素が出てきた。突然、自分以外に阿久津さんの中に入ろうとする存在に、犯人は気付いたんでしょう」


「瀬谷さんですね?」


衛は頷く。「推測ですが、犯人は、私のことを委員会の人間だと思ったんじゃないでしょうか。それで、事が明るみに出ることを恐れ、逃走した。千堂夫妻は、口封じのために殺害された」


「なるほど。一応、論理的な整合性は合っていますね。で、差し当たっての問題は、これからどうするか、ですが」


「加納さんはどうすべきだと?」衛は質問をしたが、加納の答えは予想出来た。おそらく全く同じことを、部屋に入った瞬間から考えている。


「瀬谷さん」加納が呼びかける。「これは、ある意味でチャンスですよ。ああ、いや、もちろん、不謹慎な言い方になりますけど」


加納は続ける。「つまり、攻撃者は逃走した。攻撃が止んだ以上、阿久津さんは少しの間、修復メンテナンスに入るとしても、いずれ目を覚ます。そして、監視者は死んだ。死人に口なしだ。以上の要素を勘案すると、我々の過去の悪行も含めて、全て犯人のせいにして、委員会に報告すれば万事、丸く収まります」


万事丸く収まる、と言うが、犯人は身に覚えのない罪をなすり付けられて大迷惑であろう。もっとも、同族殺しがある以上、こちらの罪を被らなくても、委員会に消される運命ではある。


「確かに、それは良いアイディアです」


「そうでしょう。犯人は捕らえられ次第、問答無用で死刑か、監獄ホスピタル行きです。であれば、我々が嘘八百を委員会に並び立てても、齟齬はないはずです」


確かに、衛たちには探られると痛い腹がある。それが露見することを恐れて、そもそも卑弥呼への攻撃を隠蔽していたが、ことがここまで進むと、逆に犯人の存在が大きくなりすぎた。その影に隠れてしまう方が、効率的だ。全部、犯人のせいにして、知らんぷり出来る。


でも、本当にそれで良いんだろうか。衛は釈然としない。


「瀬谷さん、何を迷っているんですか」加納が迫るように言う。「貴方だって、とうの昔に覚悟を決めているでしょう」


そうだ、自分が手を汚す覚悟はとうの昔に出来ている。自分が行く道に立ち塞がるものがいれば排除するしかない。そうしてでも、成し遂げたい目的がある。野望といっても良い。


でも、自分のせいで誰かが巻き添えを喰らうのは想定していなかった。甘い、といえば甘すぎる覚悟だった。誰かが死ぬなら、自分がその死に直接的に関与しているケースしか想定してこなかったのだ。


「衛さん...」加納が哀願するような声で言う。「友人として、忠告します。この件からは、ここで手を引くべきです」


加納の言うことは、全くの正論だ。しかし、衛はそれを飲み込めなかった。そのこと自体に、誰よりも衛自身が驚いていた。


仇討ちなどという義侠心ではない。事実、衛は千堂夫妻のことを何も知らない。ただ、言いようもなく。論理的には説明できない気持ちの悪さに、脳内の処理容量の大半を奪われる。


衛は心を決めた。正論は、正しい以上、論駁ろんばくなど出来ない。であれば、もう行動するしかない。


「加納さん、指輪持ってきてますよね?」


衛の声は静かだったが、断固たる決意が滲んでいた。

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