金沢にて .15 惨劇

衛は、思わず息を呑んだ。自らの意思とは関係なく身体が強張こわばる。


強烈な鮮血が目に飛び込んでくる。


部屋の中央に血溜まりが出来ており、その中に男女二人が倒れている。二人は、椅子に縛られて拘束されていて、既に事切れているのは明らかだ。


「一体、どうしたんですっ」衛の後ろに隠れていた加納が、ひょいと顔を出す。「えっ」


流石に衛も加納も正気を失って叫ぶことなどない。二人とも既に人の生き死には何度も立ち会ってきている。


「他殺ですよね?」加納が恐る恐る訊く。


「ええ、間違い無いですね」衛は周囲を確認する。どうやら椅子は、この部屋のものだ。その証拠にテーブルにある椅子がなくなっている。「椅子に手と足に完全に固縛こばくされています。この状態で自殺は無理でしょう」


衛は遺体に近づく。ふと見ると、血はまだ光沢を保っていた。


「見て下さい。喉元がぱっくりと開いていてます。おそらくこれが致命傷で、死因は出血死でしょう」


「確かに。鋭利な刃物でえぐったような傷ですね。ということは、犯人は魔術師では?」


「何を言っているんですか。加納さん。もし魔術師でないならば、二人が組み伏せられる訳ないでしょう」


「あ、それもそうか」加納は納得したようだったが、「となると、これは同族殺しになりますね」


同族殺し。魔術師による魔術師の殺害。これは魔術界にとっては、最大のタブーだ。中世の時代に設立された委員会の元々の趣旨も、魔術師同士の死闘の禁止に他ならない。検討の末、採用されたのが、大規模結界システムだ。その日本のローカライズ版が卑弥呼である。


「もし、仮に魔術師による犯行だとすると、大問題ですよ。犯人は、相当頭がイカれているか、もしくは絶対に委員会に見つからない、という自信があるのか」


衛は過去の事例を思い起こす。同族殺しが露見した場合、委員会の懲罰は良くても、


「でも、遺体は現にこうして見つかっている」


「ということは、前者ですね。頭のネジが外れているんでしょう」


二人は遺体のそばをぐるぐる回り、部屋の中に遺留品がないか探す。


「瀬谷さん、千堂和也の耳元に何か落ちてませんか?」


加納が指差した先には、小さな丸っこい物体が落ちていた。血でべったり濡れている。衛は胸元から手袋を取り出し、それをめる。


「いつも、そんなもの持ち歩いているんですか?」


「ええ。あまり一般的ではありませんけど、昔の文献を見ると、魔術者が手を触れる事で、発動する魔術もあるんです」


「聞いた事ありませんが...」


「まあ、卑弥呼以前の、魔術が自由に行使できた時代の話です」


衛は血だらけの物体を指で摘む。ある程度、弾力があり、なんとなくスポンジに似ている。


「耳栓....?」


衛と加納は、美穂の耳を確認する。やはり耳の穴には同様の耳栓があるのが見てとれる。おそらく、和也の耳栓は椅子が倒れた時の衝撃で、耳から飛び出たのだろう。


衛はさらに遺体に近づき、仔細に観察する。和也、美穂ともに、恐怖で顔が歪んでいる。そのまま、衛は和也の口元に手をやる。


「ちょっと、瀬谷さん。何するんですか?」加納が再び静止しようとする。


「大丈夫、少し確認するだけですから」


衛は右手で、そっと和也の口を開かせようとした。何の抵抗もなく、滑らかに関節が動き、口腔内が見えた。今度は逆に、口を閉じさせる。こちらの動きも非常にスムーズだ。


がく関節の硬直が始まっていない。血が乾いていないことからも、殺人はここ1時間以内に行われたようです」


「瀬谷さん」加納が戸惑いがちに声をかける。「貴方、大学で友達います?」


「なんですか、やぶから棒に」


「いや、普通の大学生は遺体を前にして、そんな冷静でいられませんよ」


「ご安心ください。友人の前では割とビビりな方ですし、そもそも大きなお世話です。」


心底迷惑そうな衛の表情が伝わったのか、加納は話を戻した。


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