金沢にて .13

「ここです」加納がとある鉄筋コンクリート造のマンションの前で立ち止まる。若干古ぼけており、所々外壁がはげ落ちている。


衛は若干、呆気に取られる。「なんか想像と違いますね。なんというか...」


「ボロいでしょう」


「ええ、まあ」


「表向きは低賃金、重労働の介護職員ですから。タワーマンション住まいでは、周囲が不信がるでしょう?」


なるほど。もっともな理由である。


「ここの7階です」加納が目的の部屋の方を見上げながら言う。衛もつられて、顔を上げる。


「もしかして、一番端の部屋ですか?」西側の角部屋だけ、窓から部屋の明かりが漏れ出ている。深夜である事を考えると、不可思議だ。


「ええ、そうです」加納も何かを察したようだった。「とにかく行ってみましょう」


そのままマンションのロビーに入り、7階を目指す。エレベーターは監視カメラがあったので、使えない。仕方なく階段で上がる。そこまでグレードの高いマンションではないので、階段は雨晒あまざらしだ。


7階まで上がると、一旦、衛だけ階段の踊り場で身を潜める。千堂が出てきて応対することを考えると、加納だけの方が良い。見ず知らずの衛がいたら当然警戒されるからだ。初動は加納に任せ、衛はその様子を窺うことにする。


加納は一人で進み、一番奥の部屋の様子を確認する。人気ひとけがない。意を決して、チャイムを鳴らす。


静寂の中で、来客を告げる電子音が響いた。


しかし、虚しく鳴り響くだけで、扉は閉ざされたままだ。


加納はもう一度、チャイムを鳴らす。


5秒、10秒、20秒。衛は腕時計を確認する。やはり何も動きがない。


「寝ているかもしれません」加納は衛の元に戻ってきて、言う。「もしくは、不在とか」


「いずれにしても相当怪しい」衛は腕組みをして、壁に寄りかかる。「阿久津さんの中が相当に揺らいでいるのは確かです。それで惰眠を貪るとは考えにくいし、二人同時にマンションから外出することはもっと想定しにくい」


「監視者という役割を考慮すれば、千堂和也/美穂のどちらかは、拘束限界の内側にいるはずですしね」


「ええ、だからこそ、二名での監視体制を敷いている訳です」


その時、衛の視界が何かを捉えた。一瞬だったが、加納の右手に違和感を覚えたのだ。


「加納さん、手に何か付いてますよ」


「えっ」言われた加納自身も気づいていなかったようで当惑する。


「ほら、てのひらに」


加納は掌を開く。人差し指の先端に僅かに赤いものが付いている。


「ほんとだ。何だこれ?ペンキ?」加納は不思議そうに掌を見つめる。


「このボロマンションで?まさか」


衛は、加納の手を注意深く観察する。そして、自分の人差し指でを拭って、匂いを嗅ぐ。


「これ、血じゃないですか?」



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