金沢にて .12

「何か引っかかることでも?」


「いや、何でもないんです」


衛は、えて先ほどの幻視について、加納には伝えなかった。というよりも、一瞬だったので、衛もうまく認識出来た自信がない。なので、より正確には、伝えられなかった、というべきである。


加納はなおもいぶかしげな様子だが、何分なにぶん今は時間がない。衛たちは目を覚さない阿久津を残して部屋を出た。


老人ホームからマンションに向かう道すがら、加納が監視者について話をしてくれた。


「委員会から派遣されているのは二名です。千堂和也せんどうかずやとその妻の美穂みほ。表向きは夫婦で、施設では介護士として勤務しています」


「卑弥呼の監視役になる訳ですから、中々の手練れ、と考えるべきでしょうね」


「ええ、そうでなくても、正面から事を荒立てるのは得策ではありません。一旦は、私だけで様子を見てみましょう」


「しかし、この時間の訪問は怪しまれませんか?」


「まあ、不自然と言えば不自然ですね。一介の不動産屋と介護職員、という関係では違和感ありまくりですが、『卑弥呼のことで緊急に確認したい』と言えば応じてくれるはずです。私も過去、彼らから深夜に電話を受けたり、呼び出しをされたことがありますし、お互い様ですね」


「それは不動産屋として?それとも魔術師として?」


「無論、後者ですよ。大して緊急とは思えない事柄で、例えば、阿久津さんの後任のこととかで、深夜に呼びつけられたりするんです。ホント、良い迷惑ですよ。私は定時を過ぎたら働かない主義なんですから」


「まあ、彼らは卑弥呼のこととなると、目の色が変わりますし、礼節も忘れますからね」


衛は幾人かの委員会のメンバーを思い浮かべる。彼らの一族は、明治の初めからこの国での魔術統制を担ってきた。現在の、日本の相対的な安定は、自分たちの功績だと思っている。だからこそ、常に居丈高いたけだかだ。


「問題は、彼らが応じない場合ですね。卑弥呼に関しては、あらゆる現場・局面に首を突っ込む彼らが、こちらの問いかけに反応を示さない場合は、何か後ろ暗い事情があると考えられる。最悪、こちらの秘密を知ったかもしれない」


「そうなると、るしかなくなる」加納が感情のない声で言う。「しかし、死人が出れば、それはそれで厄介ですよ」


「取引するしかありませんね」衛は深いため息をつく。


まったく、一体いつから魔術師はこんなに不自由になったんだ。衛の先祖たちは、あらゆる制約無く、自由に魔術を行使し、研究していたはずだ。それなのに、生まれる時代がほんの二、三百年ずれただけで、なぜこんな不条理が許されるのだろう。


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