金沢にて .11

「どうしたんですか?そんなに考え込んで」


「いや、妙だと思いませんか?阿久津さんのは、あらゆる思念・記憶・感覚がたけり狂っていました。にもかかわらず、委員会から派遣された監視者は動きを見せない」


「それは、彼らの卑弥呼との同調が浅いからでは?貴方は何度か潜った経験があるからこそ、深くまで入り込めた。一方で、監視者たちは卑弥呼の表層しかることが出来ない」


「仮にそうだったとしても、表層にもぐらいは立つでしょう。まったく彼らがそれを感知しない。そんな不手際、あり得ますか?」


加納も少しづつ衛が何を言わんとしているのか、それを掴みかけてきた。


「つまり、監視者は本件に何らかの形で関係していると」


「ええ。そう考えるのが妥当でしょう。直接、攻撃に加担していないまでも、攻撃を見逃す、という形で協力している可能性もあります」


衛は時計を見やる。既に深夜一時を回っている。夜明けまであと4、5時間。


「監視者たちの状況を確認しましょう。彼らが事態の打開の糸口になるかもしれません」


「分かりました。幸い、彼らの住所なら把握しています。たしか監視のためにすぐ近くのマンションに住んでるはずです」加納は手帳を取り出して確認しながら、「よし!歩いて数分の距離です。行ってみましょう」


加納が部屋を出ようとしたので、衛は思わず呼び止める。


「加納さん、ちょっと待って」


「何です?時間がありませんよ。作戦会議なら歩きながらでお願いします」


「分かってますけど。一個確認させて下さい」


衛は先ほどの幻視を頭に思い浮かべようとした。しかし、一瞬のことだったので、細かいディティールは既に脳内から消え失せている。


「あの...変な質問ですけど、阿久津さん、過去に自殺を図ったことはありませんか?」


「えっ」加納が予想外の質問に固まる。「いや、私の知る限り、ありませんよ」


「では、親族やごくごく近い友人で、自殺をした人は?」


「友人は...正直、把握してませんけど、家族の中で自殺者はいないはずですよ。貴方だって、ご存知でしょう。卑弥呼の保持者ホルダーになるにあたっては、委員会の審査をクリアしなければいけない。精神的に不安的な傾向がある候補は、そもそも選ばれない。たとえ、本人じゃなくても、近親者にそういった傾向があれば、その時点で候補からは外れます」


「まあ」衛は力無く言葉を返す。「やっぱり、そうなりますよね」


加納の答えは、半ば予想されていたものであった。卑弥呼の安定的運用を至上命題とする委員会は、あらゆる不安要素を排除する。阿久津が過去に自殺を図ったとしたら、委員会がみすみす見逃すはずがない。


だとすると、あの女性は一体?

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