金沢にて .9 vision

女と目が合う。知らない女性だ。でも、なんだか懐かしい。


周囲の光景も馴染みがない。見知らぬ部屋で、一人たたずむ見知らぬ女。そして、その喉元には月明かりを鈍く反射する何かが見える。


(包丁...?)


その時に、衛は初めて状況を理解する。女は自殺を試みている。


「ごめんね」女が穏やかな口調で言った。は何も言葉を返せなかった。


女が喉を掻き切るその瞬間、その幻視は夢のように消えた。衛の意識が完全に卑弥呼から排除される。その勢いのまま、衛の身体は勢いよく後方に吹っ飛んだ。


背中に鈍い衝撃が走る。衛の体は病室の壁に思いっきり叩きつけられる。


「ぃてえ....」


「大丈夫ですか!瀬谷さん」すかさず加納が駆け寄ってくる。


衛は加納が差し出してくれた手を掴んで立ち上がる。同時に、自身の状態を確認する。幸い、背中に痛みは残るものの、大したことはなかった。呼吸を整えながら、「ええ、卑弥呼から押し出されただけです。私の回路には損傷はありません」


加納がほっと胸を撫で下ろす。


衛は壁に掛かっている時計を見やる。「どれくらいの間、潜ってました?」


「ざっと2、3分というところでしょうか」


「そうですか。思ったよりも早いですね」


他人の回路に同調して精神を覗いているあいだは、時間の感覚が曖昧になる。衛の感覚では、阿久津の中にほんの一瞬しか居なかったような気もするし、逆にもっと長い時間潜っていたような気もする。


「それで、収穫は?」


「ある、といえばある」


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