金沢にて .8
たとえるなら、一つ一つの歯車がかみ合っていく感覚。互いの歯が強固に嚙み合いながらも、流水が流れるがごとく、滑らかに力を伝えていく歯車。
衛は、まるで自分がそんな歯車になったような感覚を持つ。そのうちに、自我が融解し、周囲と自分の境界が曖昧になる。
自分がなぜここにいるのか、自分は誰なのか。
そんなことすら、あやふやになりかけた瞬間、その時は来た。
突然、頭の中を膨大な情報が駆け巡る。先ほどの穏やかな意識から一変、突如荒れ狂う情報の海にただ一人、放り出された。
凡百の術者ならば、この段階で気が狂っても可笑しくはない。しかし、衛はすぐさま適応した。要は慣れだ。コツなどありはしない。
『やったことがあるかどうか』、回路の接続はそれが全てと言っても良い。
情報の洪水の中から、手あたり次第に触手を伸ばす。いうなれば、衛は、阿久津の心そのものを覗いているに等しい。心は感情、記憶、本能、言い換えれば、その人物の全人格を内包する。したがって、卑弥呼への攻撃が加えられているならば、何かしらの異常が認められるはずだ。
(これは違う、それも違う)
手あたり次第、阿久津の脳味噌を探っても、都合よく攻撃の原因など分かりはしない。本来ならば、卑弥呼に関する記憶だけ確認すれば良いのだが、吟味をしている手間が惜しい。なぜなら-
(そら来た、防衛ラインだ)
人間の肉体に置き換えて考えると、衛は体内に侵入した異物に過ぎない。免疫が異物を排除しようとするのと同じように、卑弥呼のセキュリティ機能が衛を排除しようとする。
海がどんどん衛から遠ざかっていく。いや、違う。逆に、衛が遠ざかっていくのだ。強烈な逆方向のGがかかり、衛の意識は、外へ外へと押し出されようとする。
(何か、何か...ないのかよ)
焦りながらも、最期の瞬間まで、衛は海に手を伸ばそうとする。断片的な記憶が、幾つも映し出される。
(くそ...ここまでか)
衛の視界が暗転しかかる直前、全意識が、ある光景で埋め尽くされる。
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