金沢にて .6

いささか感傷的な気分の衛に、加納が声をかける。


「瀬谷さん、そろそろ」


「ええ、取り掛かりましょう」衛は部屋の中央に立って、周囲を見渡す。何の変哲もない、老人ホームの一室が見える。


「この部屋に入った時に、魔力の痕跡は見当たりませんでした。となると、外部から攻撃の手が伸びている線は薄い。必然的に、は内部から侵入していると考えるべきでしょう」


「奴ら?」加納が疑問を呈する。「まだ複数犯と決まった訳ではないでしょう」


「いや、内部からの侵攻であれば、一人では難しいかと。最低でも三人。つまり、卑弥呼の回路にドアを作る要員で一人、防御システムの相手をする要因で一人、そして、卑弥呼の回路に毀損し障害を起こす要因で一人。合計で三人」


「しかし、内部からの侵攻、となれば、大問題ですよ」加納は顔色を変える。


「ええ、もしかしすると、他の地域の卑弥呼のホルダーも攻撃を受けているかもしれませんね」


『卑弥呼』の回路は七つに分かれており、それぞれ七人のホルダーによって分割して、保持されている。いわば、共同所有だ。内部からの侵入、ということは、他の地域の『卑弥呼』が攻撃を受け、ネットワークで接続された阿久津の回路にもそれが波及した、ということを意味する。


「それを確かめるには、一度しかないですね」衛は阿久津の体に触れる。意識を手に集中し、ゆっくりと呼吸を整える。


「卑弥呼の防御システムはかなり強力です。お気をつけて」


言われなくても、そのつもりである。


衛は、魔力を使う時、いつも不思議な感覚に襲われる。自分の感覚が、あたかも実態を持って、身体の内側から外に出ていく感覚。自分という存在が拡張して、世界と一体化する感覚。


魔力とは、何か。それは、に干渉する力。

揺らぎに衝撃を与え、時に増幅し、時に収束させ、自分が望む方向に導く。


この世の万物は、揺らいでいる。その揺らぎこそが、世界の本質で、あらゆるものの根源が揺らぎである。


そして、揺らぎを特定のリズムに整えたものが、回路。

魔力は、揺らぎに干渉し、魔術は顕現する。

しかし、それだけだと、ごくごく初歩的な魔術しか使うことが出来ない。


膨大な知識と経験を基に、無数の揺らぎを、気の遠くなるほどの精密さでと、人知を超えた力が生まれる。

そのシステムが回路だ。


今、衛の目には、阿久津の回路が、すなわち無数の揺らぎが見える。揺らぎは人によって見え方が異なる。魔術が個人の感覚に依存する所以だ。


衛の目には、揺らぎは黄金の糸に見える。それがどんな方向に、どれくらいの速度で揺れているのかを衛は見極める。

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