第6話 終わる世界
「これからどうする?」
ベンチに腰を下ろしたタイミングで
スマホを開いて時刻を確認する。十九時五十分。あと十分もすれば今回の祭りのメイン、打ち上げ花火の始まりだ。それを見終わることで、今日をキレイに締めくくられるだろう。
ただ、俺は見ることができない。
「ごめん。今日はもう帰るわ」
ベンチを立ち、
「え、なんで? 花火見てから帰ろうよ」
「俺も見たいんだけど、用事があってな」
「だったら一緒に帰ろ」
「そう……だな」
これ以上不審に思われるわけにもいかず、
日常へ戻っていく感覚。嬉しいようで、どこか切なく思う気持ち。楽しかった祭りの雰囲気も気付けば消えており、無言のまま歩き続けた。
「それじゃあな」
いつもの分かれ道に辿り着き、
「
「まだ、別れたくない」
「なんだ? そんなに俺が恋しいのか?」
普段の軽口が無視される。俺が不思議に思っていると
「
「言葉遣いなんて気にしてねぇよ」
「嘘だよ。それなら、あの日の言葉は何だったの?」
海のように透き通った碧い瞳。俺なんかが吐く口先だけの嘘を決して見逃さない、
「あの日もそうだった。後悔しないように生きようって誓ったのに、
「みす……ず?」
「だから、本当のことを聞かせて」
緊張しているのがひしひしと伝わってくる。俺を捕まえている小さな手は小刻みに震えていた。一つ、大きな深呼吸をして
「もう、どこにも行かないよね? 病気は治ったんだよね?」
どこで病気のことを知ったのか……気になるが驚きはしなかった。
「病気は治ってる。本当に奇跡みたいな話だが」
「じゃあ!」
「けど、ごめん。
「なん……で……」
可愛らしい手を傷つけぬよう、ゆっくりと引き離して背を向ける。それでも
「待って」
絶対に行かせないという強い覚悟に、気持ちが揺るぎそうになる。
「まだ、告白の返事を聞いてない!」
叫びにも似た呼び止めに息が詰まった。
……俺は、どれだけ身勝手なんだ。死に際に後悔しまくって、生き返ってからは返事をしようと思ってた癖に忘れていた。
「そうだったな」
「そうだよ。今週中には返事をくれるって……」
握る手の力が緩む。俺は振り返ると
「俺は、
「
「だから──付き合うことはできない」
瞬間、
「はぁ、はぁ、はぁ……」
走り去ったはいいものの、少ない体力はすぐに尽きてしまう。走った先は以前に来た公園だった。俺はこの公園と縁があるらしい。今日はあの男の姿がなく、頭痛も襲ってこなかった。
『時間じゃ』
頭上からフェイの声が聞こえた気がした。そう思った時には顔の横に地面が広がる。
あれ、なんで……。手足に力が入らない。まるで全身が消えてしまったような錯覚に陥った。
『呆れたものよ。慈悲の一週間と奇跡を無駄にしよって』
何とか仰向けに寝転がる。そんな俺を見下すように足を組んだフェイが宙に浮いていた。初めて俺と会った日のことを思い出す。
「もう、俺は死ぬのか……」
『じゃな。そのまま衰弱してお主は死ぬ。せっかく奇跡で病気を治してもらったのに。――なぁ、
フェイが公園の入口へ視線を向ける。嘘だろ、まさか……
「
朧げに
「どう……して」
「そんなの、追いかけるに決まってるよ! また一人でどこかに行こうとして……」
違う。俺が聞きたいのはそれじゃない。なんでフェイの口から
「フェイ! なんで
『きちんと治してやったぞ。じゃが、その後こやつが回復するかどうかなど我は知らん』
「どういうこと……」
『病気が治っても衰弱した体から生き残るかは本人次第ということじゃ。今回の奇跡はあまりにも
フェイが袖で口元を隠し、三日月のように目を細める。
やっと、理解した。病気が治ったのは余命を与えた際の措置じゃない。全部
「ごめん」
「謝らないで! それより救急車を」
「いらない」
「そんなわけないじゃん! このままじゃ死ぬんだよ!」
「俺はどうせ、死んでたんだ。奇跡は起きないから……奇跡と呼ぶんだぞ」
「起きるよ! 実際に起きたでしょ?
「だから、起きた奇跡は……起きなかったことにされるんだ」
その為の代償だったんだ。こりゃあ、悪魔に魂を売るより恐ろしい。
だけど後悔はない。こうやって最期は最愛の人に看取られる。どうせ俺のことは忘れられるだろうが、これ以上にない幸せだ。
バンと大きな音を立ち、住宅の屋根を超えた光の種が夜空に大輪の花を咲かせる。一瞬の煌めきで俺たちを魅了させるその姿は、さしずめ奇跡のように儚くも散っていった。
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