第4話 忘れなければ
「私、
夕刻の住宅街だった。特段いつもと変わったところなどない。いつものように授業を受けて、部活では小説読んだり雑談したり、本当に何気ない一日。強いて言うなら俺の調子がいつもと違ったことぐらいか。
聞き間違いと疑ってしまったほどだ。
しかし、互いに足を止めていた。それが人生初の告白を受けたという事実に、より一層現実味を帯びさせる。
「それは、恋人としての好き……だよな?」
「改めて言わないでよ……恥ずかしい……」
我ながら奥手だと思った。耳まで真っ赤にさせた相手へ聞くべき質問ではない。どうせ聞くなら経緯だったり、どこが好きだったかにするべきだ。
正直、受け入れたかった。
だからこそ受け入れたかった。
……だけど。
「実は、短期留学しに行くんだ」
口から出たのは嘘だった。既に病気が発覚していた俺は
「……いつ、行くの?」
「あと数日以内。だから、返事は帰ってきてからでもいいか?」
「今じゃ無理?」
「ごめん」
ただ謝ることしかできない。これ以上の言葉が、思いつかない。
「……分かった。私、待ってるから」
「じゃあな」
「またね」
お互いに自分の家路に向かって別れる。その途中、俺の家の前に誰かが立っていた。あまり見かけない後ろ姿だった。ぽっちゃりとしている男性で、スーツを身に纏っている。
「あの、どうしましたか?」
俺が声をかけると同時に男が振り返る。その面には怪しげに口角を上げている顔が張り付けられていた。
「え?」
瞬間、首筋に痛みが生じる。手で触れるとぬめりと温かい何かがへばり付いた。絵の具のように鮮やかな赤。それが何か本能的に察して身震いが起きる。
「ぁぁ、ぁぁぁあああ……」
腰が抜けて尻もちを付く。首から生じた熱が体内を駆け巡り、体の末端からどんどん冷えていった。滲んだ視界に男の手に収まった黒い物体が光り輝く。俺が持っているはずの多機能サバイバルナイフ。
なんで、どうしてこいつが……。
俺の戸惑いなど関係なく男がこちらに近寄ってくる。迫りくる恐怖に腰を引きずりながら逃げるが、男の方が早い。
やめろ、来るな、来るな、来るな!!
ニヤリと男が高くナイフを掲げる。黒光りする刃は思い切り俺の体に叩きつけられて……
――掛け布団を跳ねのけた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
部屋が視界に映り、夢だと理解する。
過去最悪の目覚めだ。気分が悪い。懐かしい夢を見ていた気がするが、最後に全てが持っていかれた。
これこそが奇跡の代償と言われても納得できる。
「……ったく」
もう一度掛け布団を被って寝転がる。そこで腰辺りに何か硬いものが当たった。気になり、ポケットに入っているそれを取り出す。
黒い光沢を放つ多機能サバイバルナイフ。
昨日、こいつで殺していたらもっと強烈な悪夢を見ていたのだろうか。強い後悔を背負ったのだろうか。俺は心の底から、自分が生きられることを喜べるだろうか。
重々しくベッドから降りてナイフを机の中に仕舞う。もう一度眠る気にもなれず、俺は浴室へ向かった。汗のかいた服が背中に張り付いて気持ち悪い。思わず首筋を手のひらで擦る。俺の手には何も付いていなかった。
***
人生は予測不可能の連続である。今日も部室へ向かうと思っていた俺に、
真っ昼間だからか
誰の墓だろうか。
「それじゃあちょっと草むしり始めよっか」
「俺もやるのか?」
「その為に来てくれたんでしょ?」
こちらに笑顔を浮かべられるが……なんだろう。笑顔の使い方を
腰を下ろして雑草を抜いていく。
こまめに誰かが来ているのだろうか。雑草抜きと言っても玉砂利の間から少し顔を出している草しか見当たらない。対して隣の墓地は玉砂利が見えないほど、たくましい雑草が生えていた。
「どれくらいの頻度で来てるんだ?」
「年に一回か二回かな。あんまり来るようなところでもないし」
「じゃあなんで今日は来たんだ?」
「……
「いずみ、さん?」
「ほら、小三の時に亡くなった……」
そういえば小学校の同級生に
「覚えてるけど、どうしたんだ?」
「それって私が言わなかったら思い出す機会あったかな」
言われてみて少し考える。
おそらく、なかっただろう。
少なくとも中学から今にかけて思い出したことはない。今では
「私もね、忘れてた。でも中学校に入った辺りで夢に出てきちゃって。起きた時には涙が流れてた。あの頃は
「仕方ないよ。関りがなければいずれ忘れる」
所詮、人間関係なんてそんなものだ。
俺にも小学校時代仲良くしていた奴は何人もいたが、別々の中学校に進学してから疎遠になった。
「私、
草むしりをしていた
「ねぇ、
「そう……だな」
死なんて目前に迫ってこない限り、自分とは関係ない話としか思えない。まさか俺も死ぬことになるなんて思ってもみなかった。それ以上に生きることになるとも思わなかったが。
「
「色んな人から忘れ去られるのって、きっと死ぬより悲しいことだと思うんだ」
「私、何があっても
「俺も
そう返すので精いっぱいだった。
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