蛇足 その後のお話ー従妹との再会

 それはある休日の昼下がり……昭和かよ、と言いたくなる程ボロい、アパートの自室での事だ。


 腰まで伸ばしたさらさらとした黒髪のストレートヘアに三角巾を被り、まだあどけないものを残した顔立ちの少女が、不安そうにこちらを見ている。


 部活の帰りに荷物だけ置いて直で来た、とのことで……

 コートを脱ぎ、白のセーラーに紺のスカートの制服の上からエプロンをかけた格好。

 それを押し上げる胸部のサイズが平均を遥かに上回るものなのは……何というか、彼女いない歴=年齢の俺には、些か目に毒だ。


 そんな目の前の彼女が、有難くもせっせと台所に立って作ってくれた料理それを前に手を合わせ、いただきますとスプーンに手を付ける。


「どうですか、その……ちゃんと教えられたとおりに作ってみたんですけど」


「いや、最後に母さんの炒飯食ったの、小学校低学年くらいの頃だし。

 正直自信とかないんだよな……」


 ぼやきつつ、あむ、と彼女が作った炒飯を掬って咀嚼すると、口の中に懐かしい味が広がる。

 微妙にぱらぱらとしていない、べちゃっとした水っぽい食感。

 味を調えるつもりで入れたのであろうウスターソースの量が微妙に多すぎるというか……

 炒飯としてはどうなんだこれ、といった独特の風味を醸し出しているが、俺はこれが嫌いではなかった。

 もう食べる事が出来ないと思っていた……酷く、懐かしい味だ。


 多分、間違いない。

 記憶の中にある母さんが作った炒飯の味、そのものだ。


「……まあ、俺の母さんが作った奴と味は変わらないと思うよ」


「そうですか、良かったです!

 いやー教わったの大分前だったんですけど、体が覚えているものなんですね!」


 嬉しそうに顔をほころばせて俺に微笑みかけて来る彼女の言葉に、何と返していいものかわからず、再び目の前の炒飯それに視線を落とす。


「確か元々は母さんの方の婆さ――ああいや、お祖母ちゃんのレシピだっんだっけ、これ」


 そう。今世話になっている、父方の祖母ではない。

 もう亡くなっている――母方の方だ。

 玄人プロの料理人のそれというわけでもなし。

 であれば、母の手料理のレシピを一部でも知っている人間といえば――料理それを教えた相手くらいしか、いないだろう。


「ええまあ。私が教わったのはお母さんからですけど。

 お祖母ちゃんは……もう、大分前に亡くなっちゃいましたから」


 声は明るいが――少し、寂しげに笑う彼女。


 ……記憶も朧げだが、亡くなったのは俺が中学生の時だったか。

 年齢の割には、びっくりするくらい元気な人だった。

 正直、今でも亡くなったといわれてもぴんとこないというか、実感がない。


 俺のが知る限りでは、あの人はそんなものを残しておくような人では、なかったと思う。

 というか、手料理のレシピを残そうなんて発想は……

 それこそ自分の余命がわかっている、なんてことでもない限りは、出て来ないだろう。

 

 俺の母さんもそうだったが、本当に……そういった事は、ある日突然やってくるものなのだと、今更ながら、思う。

 

「えっと、未菜みなちゃん。

 隣に越してきたからって……別にわざわざ時間作ってご飯作りに来てくれなくてもいいんだよ?

 そりゃ話の流れでこういうことにはなったけどさ」


聡也そうやさん、なーんか反応リアクションが冷たくないですかねー?

 可愛い可愛い従妹の通い妻・・・の手料理食べられて、嬉しくないんですか」


 頬を膨らませつつも、よよよ、とわざとらしく泣きまねなどして見せる仕草も、可愛らしいというか、あざとい。

 何というか昔以上にべったりとした距離感で接してくる彼女を、牽制しつつ返す。


「いや、通い妻は止めてっていったでしょ。

 冗談でも年頃の娘がそういうこと言うんじゃありません」


 真面目腐っては返しては見るものの、悪くない気分になってしまっているのは、自分でも単純だよなあ、と思う。

 ……こういうのを真に受けると痛い目にあうだけなんだよなあ、と言い聞かせて深呼吸。

 いやまったく、どういう心算つもりなんだか。


 彼女の名は、山中やまなか 未菜みな

 母さんの姉に当たる、小奈こな伯母さん夫婦の一人娘、つまりは俺にとっては従妹だ。

 半年前――つまりは、今年の春から高校生になったころにこのアパートに引っ越してきたお隣さんでもある。


 で、なんというか俺の通い妻を自称して、毎日のように遊びに来ている訳だ。

 ……いや、当人がそう主張してるってだけで、たぶんからかわれてるだけなんだろけど。


 まったく、一体何がどうなってるんだよ、おい。

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