大好きだった人達の家庭を壊してしまった私

恋は早い者勝ち、という言葉があるけれど……

私に限っては、それは間違いだった。

一度、立ち止まって考えるべきだったのだと……そう思う。

それを叶えてしまった先に何があるのか、よく考えて、諦めるべきだった。

諦めて、もっと近くにあったものに目を向ければよかったんだ。


私以外の誰もが、それに気付いていた。

気付いていなかったのは……何も見えていなかったのは、私だけ。

あの人だって、本当はわかっていたんだろう。

だから自分が犯してしまった間違いに、耐えられなかったんだ。


全部……全部私のせいだ。

あの人は、何度も、何度も諦めるようにと、説得してくれたのに……

独り身の寂しさに付け込む形で、押し切って、一線を越えてしまった。


馬鹿な小娘が感情の赴くままに動いたせいで、多くの物を踏みにじって、壊してしまった。

ようやくそれを自覚したころにはもう……何もかもが手遅れで。

それでも、赦しが欲しいと、偶然再会した貴方に、縋ってしまった。

ただ、結局はそれさえも……独り善がりのエゴでしか、なかったのだと、思い知らされて。


今となっては、償う術さえ、ないんだと……

もう絶対に元に戻る事は無いんだと、貴方の人生に、私はただの邪魔者でしかないんだと理解させられてしまった。


けれど……今更悔いる資格なんて、ありはしないとわかっていても。

ただの、疚しさから来る自己満足に過ぎないとしても……それでも、謝りたかったんだ。

貴方の気持ちを最悪の形で踏みにじって……家族を奪ってしまって、ごめんなさい。


ゆるして……ゆるしてください。

ごめんなさい、ソウ君。

ぜんぶ、わたしがわるいんです。





初めて会った時から……恰好いい人だな、って思っていた。

あの人は、私にとって、憧れだった。

――山城 総一郎先生。


近所に住んでいる、物心つくころからずっといっしょにいた、幼馴染の男の子。

ソウ君……山城 聡也君のお父さんで、中学時代の私たちの恩師でもあった。


厳しいところもあるけれど、誠実で優しい、誰かの為に一生懸命になれる人。

中学時代の同級生に聞けば、皆、怖いところもあったけど、いい先生だった、って答えるくらいには教え子に慕われていた、と思う。


やんちゃなところのあるソウ君からは少し怖がられてもいたけど……

それ以上に、お父さんとして、総一郎先生の事を慕っていたのは間違いない。


多分……総一郎先生の奥さんが……

ソウ君のお母さんが生きていれば、憧れのままで、終われたんだろう。

もう記憶もおぼろげだけど、仲のいい、素敵な夫婦だったから……

そこに割って入ろうとか……憧れを恋心と結びつけることも……きっと、なかった。

……でも、ソウ君のお母さんは、私達が、小学生のころに亡くなってしまった。

詳しい原因まではわからないけど……交通事故に巻き込まれたらしい。


まだ子供だったから無理もないけれど……当時のソウ君は、荒れていた。

どうしていいかわからない悲しみを、周りに当たり散らす形でぶちまけて。

最初は同情されていたけど、段々と、持て余されて、ひとりぼっちになっていった。


総一郎先生だって、相当無理をしているのがわかった。

今だからわかるけど、奥さんを亡くしたショックを押し殺して

一人でソウ君を育てなければいけないという重圧は、相当なものだったと思う。


当時は……そういった事がはっきりわかっていた訳ではなかったけど、それでも、思ったんだ。

私が、亡くなったソウ君のお母さんの代わりになって……二人の事を、支えなきゃって。

とはいえ、当時の私は小学生。

気持ちが逸るばかりで、できることなんて、たかが知れている。


荒れに荒れた……孤立してしまったソウ君に、疎まれながらも張り付いた。

とはいえ、最初の内は、取り付く島もない。

『オレの事はもういいから、放っておいてくれ』って……完全にやけっぱちになっていたから。


どうすればいいかわからなかったのだけど、それでも、ソウ君のお母さんの代わりにならなきゃ、って……

もっと小さい頃、夜中に不安になった時に、私のお母さんがしてくれた事を、ふと、思い出して。

だから、同じように『私が、ずっと一緒にいるから』って、抱きしめたんだっけ。


ソウ君は、顔を真っ赤にして、気恥ずかしそうに慌てて、それでも最後には傍にいる事を受け入れてくれて。

周りには茶化されたりしたけど、今ままで悪かったって、皆にも一緒に頭を下げて、なんとか許してもらって。

そうして、今まで以上に、私がソウ君の隣で過ごす時間が増えた。


半年ほど過ぎたころには、すっかり落ち着いて……ようやく、元通り。


『聡也の事を、支えてくれて、ありがとう。

気付けなかったのは、親としては情けない限りだが……

できればこれからも、あいつの事を気にかけてやってくれると、嬉しい』


総一郎先生からそう言ってもらえた時、凄く嬉しかった事を覚えている。

多分……いや、きっと、それは純粋に、息子が立ち直る手助けをした事への……

感謝の言葉に過ぎなかったのだろう。


だけど……当時の私は、まだ幼かったから。

元々あった憧れも相まって……私は、その時に感じたものを、愛情だと錯覚してしまった。

将来……この人の妻になって、三人で家族として一緒に暮らせるんじゃないかって、夢見てしまった。


きっと、この時から、私の迷走が、始まってしまったのだ。





中学生になった頃には……

私がソウ君と総一郎先生の家に通うのは、もう珍しい事ではなくなっていた。

とはいえ、出来る事と言えば、偶に空いた時間にソウ君と一緒に家事を手伝ったりとか、そんな程度の事だったけれど。

私自身の勉強や部活等……学生としての本分を疎かにしてはいけないと、先生からきつく言いつけられていた事も、あった。


私も、先生の期待に応えたくて……必死で頑張った。

おかげで、私の成績は、徐々に伸びて行って、学年でも上位に手をかけるまでになった。


多分、この時が、引き返すことができる、最後の機会だったのだと……

今更ながら、思う。


学校でも、家でも……ソウ君の傍に居られる時間は楽しかった。

同い年だったけど、弟みたいな、どこか放っておけないところのある、男の子。

多分それは、彼が求めていたものとは違ったのだろうけど……

私は、そんな彼の事が、大好きだった。

ずっと一緒にいるから、って言葉だって、嘘を言ったつもりはなかった。

いつもまでも、家族として一緒にいられたらいいなって……そう、思ってたんだ。


私が初めに、総一郎先生に告白したのは……中学二年に進級した時だ。

当たり前だけど……先生には、きっぱりと断られた。


『教師として、大人として、君の気持ちに応える事は、決してできない』


当然といえば、当然の回答だ。

……けれど、私は諦めなかった。

総一郎先生に目を向けてもらおうと……勉強に、部活に、今まで以上に力を入れた。


生物学的には、私ぐらいの年齢に、そういった感情を向ける事は、決しておかしなことではないとか……

過去に総一郎先生と私くらいの年齢差で、そう言った関係になるのが珍しくない時代があった事とか。

ネットで仕入れて来た、当時の自分に都合のいい知識を、心の支えにして、綺麗になろうと、努力した。

肌のお手入れとか、自然な形のメイクとか、いろいろ試してみたっけ。


少しずつ、綺麗になったとか、可愛くなったって言われる事が増えて行ったのは……

正直、楽しかったし、嬉しかった。

それなりに、成果を出すことができているんだなって、実感できたから。


ただ、気が付いた時には、先輩、後輩、同級生の男子からまで……

色んな人に、しょっちゅう告白される事になったのだけど……

なるべく失礼にならないように、全て、丁重にお断りした。


それは自信にも繋がって、少しずつだけど……

総一郎先生が、私に向ける視線に変化が生じていた事を、確かな手ごたえとして感じられるようになった。


そうして、中学三年に進級する、少し前……冬休み中、だったかな。

丁度、ソウ君が、半日以上家を空けるときがあって、私と先生が二人きりになる時があった。


結果だけを述べるならば、私達は、結ばれた。

……結ばれて、しまった。


元々、妻を失い、独り身になり久しい総一郎先生が、そういった欲求を、まともに発散させることができずに溜め込んでいたのは間違いない。

教師として、ソウ君の父親として、あるべき姿を示そうと……

新たなパートナーを探す事に、時間を割く暇がなかった、という事もあるんだろう。


加えて、私が……思春期特有の不安定な精神状態に陥っていたのも、行為に踏み切らせた原因の一つだとは、思う。

無論これは、今から顧みてみれば、という、但し書きはつくのだけど。


それが言い訳になる筈もないのだけど、当時の私達は、時間と機会を見つけては夢中になって求めあった。


成人する頃……つまり、高校を卒業したころになったら、責任を取って、結婚しようとまで、総一郎先生は言ってくれた。


多分、その言葉自体は、間違いなく本気では言ってくれていたのだと、思う。

ただ、それが愛情から来るものだったのか、それとも欲望に負けてしまった自責の念から来るものだったのか、或いはその、両方だったのか……その答えは、今でも、わからないけれど。


ただ、当時の私はそれを素直に喜び、二人きりの時、先生の事を総一郎さん、と呼ぶようになって、背徳感に酔い、深みにはまっていった。


けれどそれは、この関係を続ければ……いずれ必ず訪れるであろう破綻から、目を逸らしていただけだったんだ。





目標だった高校には、ソウ君と揃って合格することができた。

確か、お互いに、合格発表の時に自分の番号を見つけた時には、思わず抱き合って、飛び跳ねて喜んだっけ。

我に返ったソウ君が、顔を真っ赤にして私から離れようとしたのを、よく覚えている。

それが、何を意味しているのが気付かない程、当時の私は、今の状況に酔っていた。


そんな歪な関係に終わりが来たのは、高校に入学してから……

夏休みに入って、間もなくだった。


ソウ君が、男友達と一緒に遠くまで出かけるんだって、家を空けた時……

いつものように、残された私と、総一郎先生は求めあった。

それを中断せざるを得なかったのは……予定よりも早く、ソウ君が帰ってきたことに、気付いたからだ。

何度も、激しく彼がえずいて、吐瀉物を床にまき散らしていたのを見て、一瞬で頭が冷やされた。

……全て、見られていたんだ、って。


ソウ君は、胃液がでるまで何度も嘔吐しながらも、私達の行為を、目を見開いて……しっかりと見ていた。

尋常ではない様子に、取り繕う事さえ忘れて、介抱しようと近づいた私達の手を振り払い……

並ならぬ憎悪の籠められた眼で、こちらを睨みつけ、今まで耳にした事のない悪罵を叩きつけて来た。


正直に言えば、この時の事は……思い返すだけでも、つらい。

私が、私達が……どれだけ愚かな選択をしたのか、ということを嫌でも思い知らされるからだ。

特に、この時の最後のやり取りは、記憶にこびりついて、今でも生々しく思いだせる。

多分、一生忘れる事は、出来ないだろうと思う。


『聡也……落ち着いて、聞いてくれ。

混乱するのも無理はないが……和香君と俺は、その、交際させてもらっているんだ。

彼女が高校を卒業したら、それを期に籍を入れたいと思っているんだ』


『ごめんね、ソウ君。本来なら、もっと早く伝えるべきだったと思うんだけど……

その、ずっと一緒にいるって、約束したよね。

だからね、私……ソウ君の、本物の家族に……お母さんになりたいんだ』


私たち二人の言葉に、ソウ君は近くにあったクッションを無言で掴んで、顔面目掛けて叩きつけた。

痛みはなかったけれど、そのすぐ後の彼の言葉は、酷く胸に突き刺さった。


『……くたばれ、アバズレとクソ親父が!』


おそらくは、有らん限りの感情を込めて叫びだったのだと思う。

……ソウ君は、振り返ることなく玄関から外へと駆け出していった。


すぐに後を、追う事は出来なかった。

私も、総一郎先生も……自分たちの行いが、どれだけ酷くソウ君を傷つけてしまったのか、ようやく思い知らされたからだ。

特に、総一郎先生は愕然としたまま、その場で膝をついて……立っている事さえ、ままならなかった。

私もそれを気遣う事さえできずに、ただ、立ち尽くして……


それでも気力を振り絞って、無理やり体を動かして、ソウ君の後を追ったけれど、もう遅かった。

心当たりのある場所は、全て探した。

けれど、どこにもソウ君の姿は見当たらず……

警察に連絡する事になったのは、夜になってから。


結局……ソウ君が家に帰ってきたのは、一週間後の事だった。

私達を避けて、あちらこちらをふら付いていたところを、彼を見つけてくれた人に説得され、警察に出頭したらしい。


私を、総一郎先生を見る、ソウ君の眼は……何というか、醒めていた。

一週間前見せた、怒りや憎しみに満ちていたそれはどこに行ったのか、と疑いたくなるほど、彼の言葉は淡々としていた。


『クソ親父……あんたの事を、もう、俺は親とは思えない。

和香、お前の事だって、母親として見る事なんてできない。

……俺は、家を出る。

俺を、見つけてくれた人の勧めでね、爺さんと婆さんに相談したんだ』


ソウ君にとっての祖父母……つまり、総一郎先生の、ご両親という事になる。

総一郎先生は……ずっと顔を真っ青にしていた。

ぱくぱくと口を動かして、何かしゃべろうとしても、言葉にならないみたいだった。


『クソ親父は……もう、昨晩に話は爺さんと婆さんから聞いてるはずだよな。

正直、俺は高校辞めて働きに出るつもりだったんだが……

大学くらいは出とけって……

それまでの面倒は自分たちで見るって、言ってくれてさ』


総一郎先生は……何も言わなかった。言えなかったんだろう。

ただ、自分が犯してしまった罪に怯えて後悔し、震えながら俯いているだけだった。


私は、耐えかねて、ソウ君に声をかけようとしたけど……

ただ、私達を拒絶する意思の込められた冷たい視線を向けられただけで、何も言えなくなってしまう。


ソウ君はただ、一切の感情をこめずに、言葉を続けた。


『……二度と、俺の人生には関わらないでくれ。

俺があんたらに望むのは、それだけだよ。

あんたらはあんたらで好きにやってくれ。今日はそれだけ、伝えに来たんだ。

荷物は……また、後で取りに来るよ』


総一郎先生は、しばらく黙り込んでいたけど……わかった、とだけ答えて……ソウ君の選択を、受け入れた。

強引に親権を持ち出して引き留める事も、ひょっとしたらできたのかもしれないけど……

そんなことををしても、何の意味もないのは、私にさえわかってしまったからだ。


法律の問題じゃない。

完全に、私達と彼の関係は、壊れてしまった。

もう、私達は……彼に関わる、資格が、ないんだ、って。


『それじゃ……さよなら』


最後に、それだけ告げると……ソウ君は私を一瞥することさえなく、出て行った。

私達は……この時、ソウ君に謝ることさえ、できなかったんだ。





『もう、終わりにしよう……和香、いや……和香ちゃん。

ようやく、目が醒めた。

いや、こんなことは最初から、わかっていたんだ。

……なのに、君の好意に縋って、欲に溺れてしまった。

すまない、全て、俺の責任だ。

俺は……大人として、教師として、父親として……

君を、受け入れてはいけなかったんだ』


ソウ君が出て行ったすぐ後……別れを切り出して来たのは、総一郎先生の方だった。


『聡也が言っていただろう?昨晩、俺の両親から、電話があったんだ。

父さんにも、母さんにも……相当、叱られて……泣かれたよ。

自分の息子が……孫の、同級生の娘に…

しかも、教え子に手を出したんだから、無理もないが。

しかも、それが……孫が、聡也が好きだった幼馴染の娘だっていうんだからな』


『――え?、総一郎さん、それって、どういう……

ソウ君が、私の、事を……?』


総一郎先生が口にした言葉の意味を飲み込むのに、当時の私は、いくらか時間がかかった。

そのくらい、衝撃的な内容だったからだ。

自分が……どれだけソウ君に残酷な態度で接して来たのかを、この時、馬鹿な私はようやく理解した。

何も知らないままだった方が……いくらかは幸せだったのかもしれない。


総一郎先生は、私の言葉に自嘲を色濃く含んだ、笑みを浮かべた。

多分この時……もう、先生は、覚悟を決めていたんだろう。


『……知らなかった、のか。

聡也は……和香ちゃんのことを、ずっと気にかけていたよ。

きっと、君のことが、異性として好きだったんだ。

いや、人の事は言えないな……

俺だって、ずっと気付かないふりをして、自分を騙していたんだ。

……でも、もう誤魔化せない。聡也の眼を、見たろう?

あれは……地獄を見た目だ。

あいつの言葉で頭が冷やされて、ようやく、自分がしなくちゃいけない事に気が付いた。

だから……もう、終わりなんだ。

俺は、あいつの父親として、最後のケジメをつけないといけない』


『え、でも、待って、私、総一郎さんにまでいなくなられたら……

やだ、やだよ、何で、何でこうなるの……!?

家族になって、三人で、何時までも仲良くやってけるんだって、思ってたのに……!

……まだ、まだやり直せるよ、ソウ君だって、ちょっと混乱してるだけで……

きっと、また落ち着いてから話せれば、また、三人で――』


その時の私は、もう何もかもがわからなくなって……

泣きながら総一郎先生にしがみついて、懇願していた。

絶対にあきらめないって、信じれば夢は叶うんだって。

碌に周りを振り返らずに走り続けた馬鹿な小娘には、先生の出した結論を受け入れる事は、できなかったんだ。


けれど、先生は……頭を振ってそっと、優しく私の手を解いて、離れた。


『諦めては、くれないんだな。

仕方がないか……和香ちゃんの親御さんに、連絡を取ろう。

そこで、全てを話して……裁きを受けよう。

多分、どう転んでも、俺と君が二度と顔を合わせる事は無いだろう』


『……っ』


その時、私は、何も言えなかった。

今考えても、何を言うべきったのかは……わからない。

ただ俯く事しかできずにいた私に、総一郎先生は苦笑いすると、そのまま固定電話を取るべく、一歩踏み出した。

……けれど、その直前で、ふと立ち止まって……背中を向けたまま、呟いた。


『和香ちゃん、今まで、本当に済まなかった。

……俺は、どうしようもない屑だ。

君に何も言う資格なんてないが……どうか、身体にだけは、気を付けてくれ』





あの後にあった、先生と、私の両親の話し合いについては……

先生も、ソウ君も……私の元を去ってしまうショックで、心ここにあらず、と言った状態だったから、だろうか。

実の所、記憶がはっきりしないというか、ぼんやりとした形でしか思い出せない。


ただ、ひたすらに先生が、私の両親に涙声で、罵られながら……土下座していたことは、覚えている。


私達は、ソウ君のお母さんが生きていたころから、家族ぐるみの付き合いがあり……先生は、強く信頼されていた。

それを裏切った、と言う形になったのだろうという事は、話の流れから、なんとなくわかった。


『うちの、馬鹿娘のことは、まだいい。

あんたは、自分の息子に……聡也君に申し訳がないと、思わないのか!』


お父さんが、先生にそう怒鳴りつけた時に、ソウ君と私は、周りからもそう言った目で見られていたんだな、と、

ぼんやりとだけど理解できた。

同時に、私は……自分の愚かさを痛感した。


私に告白してきた人たちも、お父さんも、お母さんも……或いは、それ以外の人たちも。

皆、ソウ君が私に抱いていた好意を、理解していた。


お父さんや、お母さんに至っては、それを好ましく思っていたんだろう。

私が暇を作って、ソウ君と先生の家に通い詰めていたのに、文句の一つもつけられなかったのも、多分そういうことなんだ。

なのに私は……ソウ君の好意を弄ぶような、残酷な態度をずっと取り続けて来た。


話し合いの結論から言えば……先生は、もう二度と私と関わらない代わりに、訴えもしない、という事を条件で手打ちになった。

実際に訴え出れば、少なからず私も社会的に大きなダメージを被る、という事もあったようだけど……

ソウ君を、「性犯罪者の息子」にしたくはない、という気持ちも、あったようだった。


最後に見た先生の姿は……酷く憔悴しきって打ちのめされたようで……

教職を、辞するつもりだ、とこぼしていた。

それを見た時に、ようやく、私は、この関係はあってはならないものだったんだと……心の底から理解してしまった。


ソウ君と先生の家庭を壊した。

ソウ君の心を踏みにじった。

……そして、先生にとりかえしのつかない過ちを犯させて、人生を引っ搔き回し、台無しにさせてしまった。


そしてそれらを理解した今となっては……もう先生には、会えない。

会おうとも、思ってはいけない。

それは私が成人してからだろうと、変わらない。

会ったところで……先生の罪の意識を、強めるだけなんだ。


……私の初恋は、最初から間違っていた。

それをようやく受け入れる事が出来た時には、全ては手遅れだった。

結局、それだけの話だったんだろう。





……そして、結局、また、私は間違えた。

より酷い形で、再会したソウ君の心の傷を、抉ってしまっただけだった。

涙の後を指で拭って、ゆっくりと立ち上がって、制服のスカートに付いた土埃を払って公園から出ると……既に、日が傾き始めていた。

思ったよりも、長い時間呆然としていたみたいだ。


当然、ソウ君がどこに行ったのかなんて、分かる訳もない。

仮にそれが分かって……また会えたところで、二度と話さえできないだろうけど。

本当に、私は、馬鹿な女だ。

……もう、家に帰ろう。

こんな馬鹿な私でも、決して見捨てないと、言ってくれた……両親が待っている。


電車に乗って、帰宅した私を出迎えてくれたお母さんは……

制服が払い落しきれなかった土埃で汚れていた事に、何も、言わなかった。


……ただ、熱く沸かしたお風呂を用意して、勧めてくれた。


その晩、久しぶりに、中学生の頃の夢を見た。

子供のころからずっと一緒に過ごしてきた、弟みたいな幼馴染が、私に告白してくれて……

それを、はにかみながらも受け入れて。

皆は、冷やかしながらも、祝福してくれた。

その中には、先生の姿もあった。

余りにも、都合の良すぎる……もう、現実では決して叶う事のない、夢物語。

そんな夢の中で……私も、ソウ君も、幸せそうな笑顔を浮かべていた。


次の朝、目が覚めた時、私は……

自分の愚かさと、どうしようもない弱さを、改めて思い知らされて、また、涙を零した。

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