名門の家

 キサラギ家は冒険者の中でも名門と言われる家門と言われている。そこの家名を名乗るとなれば、相応の扱いをギルドから受けることにになる……はずだ。

 しかしカナタ自身は俺と同等の底辺冒険者で、御大層な家名を名乗ることもないし、何なら俺と似たような扱いを受けていた。


「……どどどどどどどういうことだがや?」

「動揺が口調に出てるわよ」

「んなことないわ!」

「あるってば!」


 いろいろと不毛なやりとりをしていると咳払いが聞こえてくる。クガネ氏が苦笑いを浮かべて俺の方を見ていた。


「驚いた。本当にダンジョンで一山当てたんだね」

「ああ、おかげさまであこがれの国家公務員様だよ」

 やれやれと肩をすくめて見せる。身分は保証すると言われ、まず多額の現金が俺の口座に振り込まれた。ダンジョン攻略の報酬らしい。とりあえず桁を数えると3億あった。

 そして常にだれかの視線を感じる。生活圏内には世話役と称した監視の目が光っている。


「立場は変わって変わりすぎちまったな。今となっては籠の鳥ってやつだ」

「いつでも食い破れるんでしょうに」

「んだな。けどそれをやって先行きは無いだろ?」

「ふうん。少しは頭が回るようになったじゃない」

「ひどい言われようだねえ」


 昔話に花を咲かせる。無論盗聴を意識した話題になっているが、かといって場所を変えても同じことだろう。

 

「マジかー。あいつ引退したんだな」

「そうなのよ。きっかけはあんたのニュースだったけどね」

「そうか…、ってふつうは俺も! ってなるんじゃね?」

「あんた冒険者以前におおもとの技量がしっかりしてたからね。お師匠さんも喜んでたわよ」

「うげえ!?」

 あの修行の日々があったからこそ勝ちを拾うことができた。それは事実だ。かといってあのどぎつい日々に戻りたいかと言われると……そうは思えない。

 この仕事が終わったら師匠に挨拶に行かんとなあ……それに今のこの力なら何とか対抗できるかも知れん。食い下がるくらいは何とかなるだろうと思い、気を取り直した。


『マスター、そのお師匠さんってどんだけ強いんだい? 少なくともボクに勝てる人間っていないはずなんだけどさ』

「じゃあ俺はどうなるんだよ?」

『ああごめん、言い方が悪かったね。ボクたちに勝てるような人間はいないって思うんだ』

「そうか、じゃあその認識は改めろ。師匠は人間離れしてるからな」

『ふーん? まあマスターがそう言うなら』

「ああ」


 しばらく黙りこくっているように見えた俺をカナタらキョトンとした顔で見てくる。

「ああ、すまん。師匠の思い出という名のトラウマに浸ってたんだ」

「あー……」

「それはそうと、すごくいまさらな気がするが、なんでキサラギ家を名乗ってるんだ?」

「うん、ちょっと長くなるよ?」

「構わんよ。あくせく働かなくても生きて行ける身になったことだしな」

「はは、どういう意味だよ……じゃあ、話すね」


 そうして話が始まった。名門のコネとやらで俺の情報が伝わったのは帰還してすぐのことだという。そうして身辺情報が洗い出され俺とつながりのある冒険者がピックアップされた。

 そこに浮かんだのがカナタだという。なんでこいつか? それはこいつの生い立ちにあった。

 冒険者になるような人間は孤児が多い。モンスターの襲撃とかで親とはぐれたり死に別れたりするような子供はいくらでもいる世の中だ。そうやって育った人間はひとまずというか稼げる職として冒険者になる。

 何しろ命の危険と隣り合わせだ。それなりに稼いで五体満足で引退なんてのは夢物語。半分くらいは新人期間を越えられずに死んでいく。


 そしてこいつはどうやらキサラギ家の血縁者らしい。いつもの酒場で飲んだくれていたところ、使者を名乗るおっさんが現れて、迎えに参りました、ときたもんだ。

 そこから先はあまりいい話じゃない。長年放っておいてすまなかった、と言う言葉はなく、当家の一族として認めてやるからくだんの冒険者、つまり俺のことを篭絡しろだと。名門に生まれた義務を果たせと言われたんだと。


「あはは。家族なんていなくてさ、それで家族が見つかったと思ったらこれだよ。もうねえ、どうしろってんだよね」

 うっすらと涙を浮かべてうつむくカナタを見て、俺は若干黒い感情が沸いてきた。今の俺ならこういった時に何とかできる力がある。


『マスター。ちょうどいいんで、眷属にしちゃいます?』

「……本人の意思を聞いたうえで、だ」

『問題ないと思いますけどねえ。マスターとの相性も良さげですし』

「ああ、だから今からそれを聞く」





「なあ、カナタ。いい話があるんだが聞いてみるか?」

「わかったやる!」

 即答しやがった。

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