初めての任務
国家公務員になってひと月が過ぎた。その間俺には特に何かの仕事があるわけでもなく、ギルドに顔を出して戦闘訓練に精を出していた。
なにしろこれまで遠隔攻撃というものをしたことがない。なので、スライムの身体を硬質化して投げナイフのように使ってみた。
「ふっ!」
10以上の的を瞬時に把握し両腕の籠手に当たる部分から投げナイフを生成、投げつける。
『マルチサイト・ロックオン。モーションアシストなのでーす!』
シータのアシストを受け、投擲されたナイフはすべての的を粉砕した。
直後訓練ルームに響く拍手の音に振り返る。そもそも360度のマルチサイトがあるので、背後に現れたクガネ氏を見落とすことはない。それでも少し驚いたふりをしておく。
「お見事ですね。新しい装備を既に使いこなしていらっしゃる」
「ええ、おかげさまで」
『ふふーん。もっとボクをほめるといいのですよ』
汗をぬぐい、訓練ルームを出て応接室へと向かう。途中すれ違う職員たちは俺の姿を見ると弾けるように壁際に飛びのき最敬礼を行う。
それまでの最底辺の扱いからはまさに世界が変わったかのようだ。目を閉じて開くといつもの安宿で目覚めるんじゃないかと思う。
『あははー、それはないですよ。ボクとしても理想のマスターに巡り合えたわけですからね』
「ああ、そうであることを願うよ」
応接室のドアを開いて、高そうなソファーに座る。すぐさまクガネ氏の秘書と思われる女性職員がすっ飛んできて俺の前にやや震える手でコーヒーを置くと壁際で直立していた。微妙に震えているのはなぜだろう、というか人のことをなんだと思っているのだろうか……?
「ああ、すみませんね。彼女も元冒険者なのです。私の護衛も兼ねているので相応の実力者なのです。ですから、でしょうな」
『マスターの潜在能力が見えちゃったんでしょうねえ。あの子からすれば今猛獣の檻の中に放り込まれているような気分なんじゃ?』
「なるほど……では」
先ほど訓練をしていたので多少魔力が漏れているんだろうと思い、外部に漏れていたであろう分を調整する。すると蒼白だった彼女の顔に赤みが差してきた。
「ご配慮ありがたく」
「いえいえ、今後も注意することにします」
そのままコーヒーを口に含んだ。すっと香りが鼻に抜け、口に苦みを伴った複雑な味が広がる、と同時に喉に違和感を感じた。
「これ、何か入れました?」
「はい、とりあえず致死量の10倍くらいの毒ですな」
「ちょ!?」
「なに、貴殿ほどの魔力を持っていれば自動治癒が働いて無効化されますよ。それに並みの冒険者ならそれを飲み込んだ瞬間……」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる。その先はあまり聞きたくない単語が出てくるんだろう。たぶんお陀仏、とかだ。
「さて小粋なジョークはこれくらいにしまして」
「どこら辺が小粋かは異論の余地があると思いますがね」
「はっはっは」
つかみの会話をしつつ、手元に差し出された資料に目を通す。そこには大規模討伐戦の概要が記されていた。
「では概略の説明をいたしましょう。金沢から南への交通は手取川、さらに九頭竜川で隔てられています。理由はご存じで?」
「大まかには。九頭竜川を住みかにするドラゴンとその眷属が一大勢力を築いているらしいですね」
「そう。もともと計画はあったのですよ。しかし決め手に欠けていた、しかし今回新たにSランクになったアカツキ様がいる。すなわち、最後のピースがはまったのです」
『なんというか、ひどいもんですねこれ。作戦なんて言えたもんじゃないです』
「ま、要するに俺の火力頼りでごり押しだもんな」
『ですねー。けど最大戦力を単純に叩きつけるというやり方は理にかなってますよ』
「なるほどな」
なにやら大物も今回の戦いには出張ってくるようだ。ギリシャのSランカーをわざわざ呼び寄せたとか。
「広域殲滅魔法の使い手なのでね。眷属どもを一気に集め、そこに一発……どかん」
「なるほど」
「ええ」
水棲の亜人が中心となる眷属の群れをまずは水辺から引きはがす。その後、あるポイントまで引き込んで待機していた魔法使いによる広範囲殲滅魔法で大打撃を与える。あとは待機していた冒険者たちがとどめを刺す。そういう段取りだ。
段取り通り行くかは置いといて、妥当な作戦だとは思う。なお、こういう作戦の参加経験はあるが、その時は真っ先に敵に突っ込んで誘い出す役割だった。つまり捨て石の囮部隊だ。
底辺冒険者の命の価値なんぞそんなもんである。
「そして、アカツキ様にはアシスタントを付けることになりまして」
「……危険ですよ?」
「そこも踏まえて腕利きを呼んでいます。っと到着したようですな」
応接室のドアがノックされる。ノック前になぜわかったかは、いろいろ考えられる。気配察知スキルとかだ。
「入ります。キサラギ・カナタ。東京ギルドの要請により金沢ギルドへの協力員として出頭しまし……ってえええええええええええええええええ!?」
馴染みの底辺冒険者だと思っていたカナタが、何やら腕利き呼ばわりで俺の前に現れた。俺の顔を見た瞬間ものすごい勢いで絶叫している。まあ俺も似たような感想だ。
俺たちはお互いを指さした状態で少しの時間固まるのだった。
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