白銀の覇王

「なんて……こった」


 まだこちらは補足されていない。体外に魔力を放出できないのが逆に功を奏したようだ。

 ちょっとした池ほどの大きさのスライム。それも金属を多分に含んでいる、いわゆるメタルスライムというやつだ。

 某国民的RPGでは膨大な経験値を得られるボーナスキャラとしてよく知られるが、現実はそんな愉快なモノじゃない。

 某ゲームではスライムはお手軽な雑魚キャラとして描かれるが、不定形かつ液状の奴らはまともに打撃が通らない。切り刻んでも復活するし飛び散った体液を浴びようものなら強度の酸で溶かされる。

 倒すには中心部の核をつぶす必要があるが、体躯が大きくなればなるほどそこに到達するのは難しくなる。

 それこそ飛び道具でも使えば何とかなるのかもしれないが、現実に立ち返って考えると……、池サイズの巨大な体。さらにメタル。うん、詰んだ。


 スライムの厄介さはメタルになると跳ね上がる。その金属を含んだ身体は並みの攻撃は通らない。その体表面に対して垂直に攻撃を通さないといけない。

 不定形のさらに高速で動く物体に正確に攻撃を当てるとか無理ゲーにもほどがある。


「ふうううううう」

 重苦しい気分を腹から吐き出し過去に学んだ武術の型をなぞる。そうすることで動揺した心を鎮め、冷静な思考を取り戻させる。


「……どうしろってんだ」

 

 考えても考えてもあの巨大なスライムを倒す方法なんぞ出てくるわけがない。池の向こうには通路は見える。しかし、あいつに見つからずにそこにたどり着く方法な方法も思いつかない。頭を抱えていると、その空間に満ちる魔力が急に緊張を始めた。

 ふと通路から部屋に目をやると……巨大なスライムから伸びた触手、その先にぎろりと開いた目が俺を見ていた。


「チイィ!」

 鞭のようにしなる触手が俺の顔の横を通り過ぎる。反射的に首を傾けて避けたが、次も避けられる気がしない。

 というか背後の通路の壁には大穴が開いている時点で俺の防御なんぞあってなきがごとしだ。


 目の前の池が急に泡だったと思ったらそこから無数のボール状のスライムたちが飛び出してきた。


「うわああああああああああ!?」

 叫んでも状況は良くならない。それでも声でも出して気合を入れなおさないと、この絶望的な状況に立ち向かえる気がしなかった。


 気配を感じて横っ飛びにジャンプすると、それまで俺のいた空間を何かが貫いて行った。背後から聞こえる衝突音を確認する暇もなく、再び横に飛ぶ。

 幸いにしてスペースは開けているので回避するだけの余裕はある。しかし相手の手数が多すぎていつかさばききれなくなるのは明白だった。

 そうして破局は訪れた。よけきれない弾道を確認、ガードする。ダメージは小さいが防ぐのにかなりの魔力を持っていかれた。


「くっそおおおお!!」


 それでも何とか回避を続け、前進する。池のようなくぼみには水は無い。全てがあの巨大なスライムの身体だ。うまく近寄ってあのコアらしきポイントに攻撃を叩き込む。それだけが唯一の勝ち筋だった。


 あと10メートル。触手の横薙ぎを受けて左腕が折れた。あと9メートル。避けたはずの攻撃がかすっていたのか額から出血し、右目の視界が紅く染まる。

 あと8メートル、よけきれた。7メートル。6メートル、右手と両足だけをかばうようにじりじりと歩を前に進める。


 5メートル。右側から来た攻撃を避け損ねてこめかみを掠り、一瞬意識が飛びかける。4メートル。3メートル。2メートル。ここまでくれば一足飛びで接敵できる。必殺の間合いまであと少し。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAN!!」


 目の前の銀の身体がパクリと横に裂けた。同時に魔力のこもった咆哮が叩きつけられる。


「ぐう!?」


 暴風のような咆哮を受けてせっかく詰めた距離が引き離される。全身に魔力を回してなんとか踏みとどまった。そうして永遠に続くかと思われた、実際にはほんの数秒の咆哮が途切れる。


「今だ!」


 攻撃用にため込んでいた魔力をつま先に一点集中し、地面を蹴る。

 弾丸のような勢いで景色が流れ、体表面にマークしておいた、魔力の気配が凝縮している一点を目指し矢のように接近する。

 ぶるりと身体を震わせ、攻撃を受け流す体勢をとるが、俺の一撃はそういうものじゃない。

 ぶらりと左腕は垂れ下がっている。あばらも何本かは折れているだろう。しかし、ここまで守り抜いた両足で地面をしっかりと踏みしめ、そうして右手のひらをスライムの表面、触れるか触れないかの位置に置く。


「吻!」

 ダンッ! と踏みしめた足から伝わる衝撃を腰の回転によって右手に伝えそれぞれの関節で加速する。そして、そこで得た速度を紙一重で止める。

 そうすることによって生まれた衝撃波は……液体の中を伝わり、一本の矢のようにスライムの核を打ち砕いた。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 体表面が裂け、内部にあった金属質の体液が流れ出てくる。何とか倒すことができたようだ。

 俺の身体に膨大な魔素が流れ込んでくる。倒したモンスターの魔素を取り込むことによって冒険者はその力を増して行く。ましてこれほど巨大なモンスターだ、さぞかしすごいレベルアップになるだろう。


 目の前に迫りくる銀色の津波を前に、俺は意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る