得体の知れない気配
ダンジョンに入って丸一日が経とうという頃合い、今まで散発的な戦闘はあったが、ついに大規模なモンスターの群れと遭遇した。最初は戦いを優位に進めていたが、徐々に押し込まれていく。
「すまん、手を貸してくれ!」
悲鳴まではいかないが、それなりに必死な声に、荷物を下ろして身体強化を先頭モードに切り替える。
「GUAAAAAAAAAAAAAAA!」
喚声を上げて突っ込んできたコボルトのパンチを避け、すれ違いざまに拳を叩きつけると、首から上が吹き飛んだ。
仲間がやられて敵意が一気に俺の方に向けられる。腰にぶら下げてあったセスタスを装備すると、こちらから攻撃を仕掛けた。
「……なんであんだけの強さでポーターなんかやってんだよ」
「中央ってのはあんなのでも出世できないってのか?」
なにやら話し込んでいるがこちとら敵の攻撃をさばくので手いっぱいだ。カウンターを決めて2体を葬った後は何とか一息つくことができた。
リーダーのジンが放った中級魔法の威力で敵が怯む。その隙に通路の先に進んだが、いやな予感と言うものは往々にして当たるものだ。
「なん、だと?」
向かった先は袋小路で大きめなホールほどの広場だった。時計の針のように横穴が開いていて、俺たちが入ってきた向きは9の文字がある方角である。
「振り向いてる余裕はない、広間で迎撃するぞ!」
半ば呆然としていたジンに叱咤を飛ばす。そうして何体かのモンスターを叩き伏せたところで、呪文の声が聞こえた。
「氷雪の縛鎖よ」
きらきらと光を反射して俺の周囲に氷の粒が絡みつく。そうして身動きの取れない俺を奴らはモンスターの群れの中へと突き飛ばしたのだ。
「俺たちの活躍の伝説で語り継いでやるよ」
「君の尊い犠牲は忘れない」
そう言って俺を突き飛ばしたやつらの面は一度ぶん殴ってやらんといかん。まあそもそも、そのためには俺が生還しないといかんわけだが……。
なんとなく予感はあった。だからこそ周囲に目を配り、安全を確保すべく状況を見ていた。先ほどまでの戦闘で俺もモンスターと交戦していたが、やつらが比較的強い個体を相手にしていたおかげで周囲を見る余裕があったことは幸いだった。
それであらかじめ目を付けておいた横穴に飛び込んでみると、見事に行き止まりだった。焦燥感に身を焦がしつつ突き当りに足を踏み入れると……ダンジョンのお約束、落とし穴にはまった。
落とし穴ってのは2パターンあって、その下に杭とかが打ってあって物理的に殺しに来るもの。もしくは下の階層まで直通のタイプで、今回は幸運にも後者だった。
垂直落下ではなく、岩肌ではあったが斜面を滑り落ちる格好になったことも幸運で、擦り傷の類はできたが骨折などの重傷を負うことは免れた。
「だいぶ落下したな。今までの感じだと2階層ほど下かも知れん」
周囲の魔素の濃度から大体の階層を推測する。ダンジョンと言うものは階層が進むほどに魔素の濃度が上がり、同時に出現するモンスターの強さも上がる。
俺の武器は落下時に落としてしまって無くなった。魔力を拳の一点に集中して叩きつけるしかないが、威力は高が知れている。体外に魔力を放出できない俺の最大の弱みだった。身体強化で速度や命中、回避を大きく上げることができるし、同じく肉体を強化して攻撃、防御もできる。ただし体表面までにとどまるので遠距離攻撃する手段がない。
よって手足の届く位置まで接近しなければそもそも戦いができない。
「それこそ石を投げてくるゴブリンすら強敵ってなっちまうんだよなあ」
聞く相手の無いボヤキはダンジョンの虚空に消えていった。そもそも現在位置すら不明で、このままダンジョンの闇に消えてしまうことになるんだろうか。そう考えると胃のあたりに重苦しい不快感がわだかまる。
「まあ、悪あがきが俺の長所だ。こんな年まで冒険者の職にしがみついてるんだしな。ダンジョンで死んでも本望ってやつよ」
強がりでも口にしなければやっていられなかった。それこそ次の曲がり角に何かが潜んでいて奇襲を受けるかも知れない。頭上は? また落とし穴があるかもしれない。そう考えると身がすくむ。それでもここから移動しなければ絶対に助からない。生きるんだ。そう強い意志をこめて足を前に踏み出させる。
「どうせ死ぬなら前のめり、だ」
不安と恐怖を息と共に吐きだし、濃密な魔素の漂う空気を吸い込む。ダンジョンの魔素を人間は吸収できないし、慣れていなければ魔力酔いを起こす。そういう意味で俺のスキルは深いダンジョンに潜ることに向いていると言えた。
変換効率は良くないが空気中の魔素を取り込んで自分の魔力を回復できるのだ。
そうこうしているうちにいくつかの曲がり角をあてずっぽうで歩く。歩いた歩数と曲がった回数、方向はスマホのGPSと地図機能がある程度記憶してくれている。それこそ致命的なモンスターと遭遇するか、電池が切れるか、それとも……俺の体力が尽きるか。実に分の悪い状況は変わらなかった。
最初はおっかなびっくり歩いていたのだが、違和感に気づく。これほど魔素の濃い場所であるならふわりと中空からモンスターが湧き出ても不思議ではないはずなのだ。それでも一切のエンカウントがない。
「どういうことだ?」
そうして歩くうちにもう一つの違和感に気づいた。巨大な気配が進行方向からしてくる。一度サポートメンバーとしてレイド戦に参加したことがあった。レイドとは複数のパーティが集まってモンスターの大群や大型のモンスターと戦うことを差す。
その時は巨大なストーンゴーレムが相手だった。それこそビルのような大きさの体躯で、重包陣を敷き遠距離魔法を雨あられと叩きつけていた。
あの時の巨大なモンスターの放つ気配はかなりのもので、その時と同様の威圧感を感じている。
そうして、俺の前に大きな空間が現れた。地底湖と呼んで差し支えないようなくぼみに、ヌメッとした銀色の何かが満たされている。水銀のような光沢を持つその液体はあきらかに魔力を帯びており、ところどころが脈打つように波打っていた。
「おそらく……ここのボスだよなあ」
ある意味最悪の相手だった。レイドが必要なサイズ、ちょっとした湖ほどの体積のメタルスライムがそこにいた。
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