新たなダンジョン

 仕事を受けて半月後、俺は金沢にたどり着いた。何しろモンスターが跋扈するこの世界では電車で移動なんてできたもんじゃない。

 今回は騎獣による移動だった。

 こんな世界でも物流というのはあって、中世のような馬車ではないが、モンスターを飼い慣らして使役することで荷車を引かせている。そうやって荷物を運ぶ一行に俺も護衛として参加することで旅費はかからなかった。一応ギルドの支度金はあるが、節約は大事である。貧乏性とか言うな。

 ダンジョン産の魔石で動く魔導自動車とかが使えればいいのだが、コストがバカ高く個人で維持できるようなものじゃないんだよなあ。


 金沢のギルドは元は兼六園という観光名所で、おおもとは金沢城という城の中庭である。

 現在は市街地を土塁で囲み、江戸時代の総構えと呼ばれた城を再現している。国や行政の力は及んでおらず、地方都市ではギルドが事実上の行政機関となっていることが多い。


 ギルドで名乗るとすぐにマスターの面会許可が下りた。なんというかぶん殴りたくなるくらいのイケメンで、元Sランクの冒険者だったらしい。


「やあ、初めまして」

「初めまして。東京のギルドから派遣されてきましたアカツキです」

「うん、優秀なスキルを持っていると聞いているよ。マスターのクガネだ」


 本当に優秀なスキルを持っているんなら底辺冒険者なんかやってねえよ、というツッコミは無理やりに飲み下し、愛想笑いを浮かべる。


 簡単に状況が説明された。というか若干上位卿が変わったらしい。どうも先走った若いのがダンジョンに入り込んでいて未帰還になっている。それを追跡して連れ帰ることが主任務と言われた。


「まったく困ったものだね」

 やれやれと肩をすくめる姿はむかつくくらい様になっている。


「作戦開始は?」

「一刻を争うからね。確認だが疲労は?」

「到着に合わせて休息は取っています」

「なるほどね。さすがベテランだ、頼もしい。今後ともよしみを持っていただきたいね」


 再びやれやれと肩をすくめる。どうも、先走ったアホどもも、これからアタックする連中も相当な跳ねっ返りらしい。


「では、明朝に」

「ああ、よろしく頼むよ」


 ひらりとクガネ氏が手を振るのに合わせて俺もマスターの部屋を退去した。それにしても鈴木さんの紹介があったにしても、受付からマスターの部屋に直通で通されるとか、下っ端の俺には似つかわしくない扱いだ。なんか裏でもありそうだな。


 宿の部屋も上等なものだった。これまでにも遠征に参加したことはある。それでもこんないい部屋と食事は無かった。そう、まるで末期の食事のように。


 翌朝、ダンジョンの入り口に案内されると、約束の時間から少し遅れて4人組がやってきた。


「ああ、あんたがポーターか。俺はBランクパーティ、レッドフォックスのジン様だ。足手まといにはなるなよ。その時は見捨てていくからな」


 挨拶もそこそこに喧嘩を売っているとしか思えないセリフを掛けられる。レザーアーマーの胸元にはBランクを示すエンブレムが付けられていた。こっちはEランク、純然たる差がある。それでもダンジョンアタックの年季なら負けてはいない、はずだ。


「ああ、そうならんようにせいぜい頑張るさ」

 若干イラっとしたが、ガキ相手に喧嘩をするのも大人げない。とりあえず躱しておいた。


「ふん、せいぜい頑張るんだな。そうすれば少しくらいおこぼれをくれてやるさ」

 それ以外のメンバーも名乗らずにゲラゲラ笑っている。こんなのに命を預けるってか? 冗談じゃない、と言いたいところだが支度金と前金を既に受け取っているうえに違約金を払う余裕もない。まして、こんなうまい話が来ることはもうないかも知れない。

 がけっぷちの状況で動くのはたいていろくなことにならんと、新米時代の先輩に教わったことを思いだした。


 そのやり取りをクガネ氏はあきれたように見ていた。ポーターの運ぶ物資が無ければ、人間はダンジョンの中でどれくらいの時間生存できるのか。

 食事や疲労の回復、武器の交換、それこそポーション類は命綱だ。こいつらがBランクに上がれたのはよほどの幸運があったに違いない。

 後方支援をないがしろにして前線が維持できるわけがないのだ。


 レッドフォックスの面々はにやけた笑みを貼り付けたまま、値踏みをするように俺の方を見ている。抗議の意味を込めてクガネ氏の方を見ると、露骨に目をそらされた。なんてこった。


「では、内容の確認をする」

 各々が席に着き、状況の確認が始まった。


 ダンジョンは1か月前に発見された。場所は郊外の寺で、井戸が枯れたと思ったらモンスターが這い出てきたそうだ。

 寺にいた住職が退魔術で結界を張り、ひとまず溢れたモンスターが市街地に飛び出すことは避けられた。

 逆に言えば個人で張ることのできる結界で押しとどめられたということは、ランクが低い可能性がある。

 いったん入り口を封鎖して、様子を見ていたが下級のモンスター以外は出てくることはなかったらしい。まあ、昨日聞いた話の確認みたいなものだ。


 下級のモンスターしか出てこないとこいつらは高をくくっている。そんな姿に俺はいやな予感しかしなかった。


「3日前に許可なく入って行ったパーティの探索が主任務だ。もし生存者が見つからなかった場合は君たちの生還を最優先で動いてくれ」

「承知しました」

「ああ、頼んだ」


「では突入します。バックアップ、よろしくお願いします」

「ああ、武運を祈っている」


 ジンとやらはさすがに上位者であるマスターには慇懃な態度をとっていた。それもいつまで続くやら……だ。


 井戸の奥からは得体のしれない魔力が漂ってきている。いろんな意味でいやな予感しかしなかったが、もはや後に引ける状況じゃない。

 何というかいろんな意味で死亡フラグしか見えない気がしていた。そして長年の経験とやらが告げている。悪い予感ほどよく当たる、というやつだ。

 ため息をつきつつ、入り口である井戸の中に入って行く。視界の片隅ではクガネ氏が苦笑いを浮かべつつ、幸運を祈る意味のサムズアップを俺に向けていた。

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