第5話 武芸大会


「わ、すごい人ね……!」


 騎士科棟の開けた野外訓練所。普段授業のために使われるこの場は、イベント時にはその広さを活かして会場になることが多々ある。

 今日は武術大会が開催される日だ。

 各クラスから武芸に秀でた者が選抜され、トーナメント形式で争う。優勝者には貴重なアイテムが進呈され、それを主人公は攻略対象から受け取る……ゲームの知識によれば。


「ローズ、こっちよ!」


 手を振って私を呼ぶのは、カトリーナ・ヌーヴェル。

 彼女は今日の大会の出場選手の恋人。今日は彼の勇姿を見るために早い時間から席を確保していたのだという。

 隣の席を譲ってくれるのは、彼女らの仲を取り持った事へのお礼らしい。ありがたい。その仲睦まじさを近くで見れそうだということも含めて。


「ありがとう、カトリーナ。」

「いいのよこれくらい。ローズも、イリスちゃんの応援に来たんでしょう?」


 イリスが出場してもしなくても、経過を見守るために来る予定ではあったけど……今日イリスは一選手なのだ。応援しないわけにはいかない。


「ま、まあ?私に直接見に来て下さい、って言ったからには、どれくらいの実力があるのか見てあげないとね。」

「ふーん。」


 カトリーナはにやにやと楽しそうな笑みを浮かべる。


「なによ……」

「なんでもないわ~。」


 そろそろ始まるみたいよ、と話を逸らすように言われて前を見ると、司会と思わしき人物が舞台の中央へと歩んでいた。


 ◆◆◆


 イリスは、想像以上に強かった。

 そりゃあ学校で訓練した子達より、実際に魔物を討伐してきた冒険者の方が強いに決まっているわよね。と一人納得する。


 剣を使う姿も、実践的な力強い型が歴戦の剣士を彷彿とさせた。

 あれが、イリスの目指した”勇敢な冒険者”の姿なのだろうか。


「決勝戦を開始します。2年3組レオ・アペンドールさん、1年2組イリス・エアライネンさんは準備をしてください。」


 アナウンスが響き渡る。

 対戦相手は攻略対象のレオ。入学時にイリスを助けるはずだった正統派金髪イケメン。

 彼はイリスと同じく剣術を使う。しかしそのスタイルは違い、攻撃を華麗にいなして隙を突くものだ。こちらは高潔な騎士といった表現が似合う。

 ゲームでは有り得なかった対戦カードに、期待してしまう自分がいる。


「ふふ、イリスちゃん、優勝するといいわね。」

「ここまで来たなら優勝してもらわないと困るわよ。」


 そう言って笑いあうと、ちょうど選手である二人が入場する。


 目を向けた先にいるイリスの武器は、先程までの剣ではなかった。

 その武器はイリスの背丈以上の大きさがあり、先には斧槍のような尖った刃、全体に通る金属の管、そして明らかに矢用ではない弦が張られている。


 え……何アレ……


 私が思ったことは皆も一緒だったようで、イリスの装備を見た観客達はざわめき始める。

 しかし対戦相手のレオは全く驚きを見せない。むしろ彼も先程までのシンプルな剣ではなく”魔剣”とも評されそうな禍々しいオーラを放つ剣を手にしている。


 見間違いでなければ、ゲームで操られた隠しキャラが使ってた剣だったはず……!

 盗んだと名言されていたが、まさか元の持ち主がレオだったとは……


「アペンドール先輩の剣、素敵ですね。冒険者だった時もそこまでの物は見ませんでしたよ。」

「ふふ、コレクションの中でも一頭お気に入りの物さ。やはり武器は使ってこそだ。君が武器の変更を提案しなければ、彼女も日の目を見なかっただろう。」


 二人の立つフィールドには拡声魔法が掛けられている。だから選手2人の会話は観客に丸聞こえなのだけれど……今レオ剣の事彼女、って言ったわよね?

 色々と突っ込みどころの多い二人に、観客のざわつきは収まらない。


「それでは、始め!」


 審判の声と共に、戦いの火蓋は切られた。


「〈加速サイン〉!」

「〈精霊の風ソール・イブ〉!」


 レオは開始と共に地を蹴り、一瞬にして距離を詰めると、そのまま勢いを乗せて切り上げる。

 イリスはその斬撃を大きく飛び避けると、謎の武器を構えた。

 ふと、どこからか金管楽器の勇ましい音が響き渡る。その発生源はすぐにわかった。フィールドの中。イリスの武器からだ。


 普通は武器がかち合う音だけが響くはずの訓練所で聞こえる、得体のしれない音色。会場の混乱はもっともだった。

 しかしレオだけは、妙な曲が聞こえ出しても冷静さを保っている。むしろ、その曲が始まったばかりの今が好機だと言わんばかりに、またもや一気に間合いを詰めた。


「……ッ!」


 ガキン、と大きな音を立てて、両者の武器が交差する。強い衝撃を受けたはずなのに、イリスの曲は止まらない。

 そのままレオは横薙ぎに剣を振り払い、イリスを飛ばした。空中で身を捻り着地すると、武器を再度構える。


「〈精霊の指ソール・ビウ〉」


 謎の魔法を唱えると、流れていた曲に弦楽器の音色が加わる。イリスが演奏していないのに音が聞こえるのは、唱えた魔法のせいだろうか。

 今度はイリスが仕掛けた。地を蹴り一瞬で距離を詰めると、槍の部分で突きを入れる。


「!」


 レオはギリギリのところでそれをずらす。イリスは一撃が入らなかったことが分かると、すぐさま飛び退いてまた距離を取った。


「身体強化か……しかも聖女譲りの!」

「ご明察。聖女は唄で仲間に身体強化を掛ける。其処から着想を得てこの武器を作りました。」


「……!それは君が作ったのか!素晴らしい!ひと目見た時からどの工房のものか気になっていたのだ!」

「僕は鍛えてはいませんが……」

「それでも原案は君だろう?……新種の武器との打ち合いなんて滅多無いからな、この大会に感謝せねばッ!」


 そう言うと、レオはまたイリスに斬りかかっていった。


 ◆◆◆


 二人の試合は苛烈を極めた。大会のどの試合よりも激しい攻防が続き、観客は息をするのも忘れて見入っている。

 しかし、時間が経つたびに戦況はイリス側に傾いていく。

 レオもイリスの攻めに対応するが、体力が切れているのが素人目にわかった。


 試合は急に終わりを迎える。

 イリスはレオの薙ぎを一点だけ突いて、剣を飛ばした。

 そのまま武器を回して斧の刃を首に翳すと、カラン、と剣の落ちた音が鳴る。共にあの音楽も鳴り止んだ。


 イリスの勝利だ。


「……やはり素晴らしい武器だ。」


 レオが両手を上げて降参の意を示す。

 イリスが武器を下ろすと、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。

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