第4話 主人公の悩み
これは……完全にやらかしてしまったわね………
原石を磨きすぎてしまったというかもうアクセサリーとして完成させてしまったまであるわ。
髪を整え、眼鏡もフレームの薄いスタイリッシュなものにしたせいできらきらの瞳がよく見えるように。
服は彼女が動きやすい格好を望んだのでパンツスタイルに。
それ以外は「ローズ様に任せます。」なんて言うものだから張り切ってピッタリの服を見繕ったのだけれど……
完全に"理想の彼氏"になってしまったわ。
前世ではイリスちゃんかわいい!彼女にできるイケメン共羨ましい!なんて思ってたのが懐かしいわ………今イリスは私の隣で超絶スーパー完璧彼氏になってるわよ……
この姿で攻略対象をオトすイリス……それはそれでイイかもしれないわ……
「すごい……これが私ですか……」
お店の全身鏡の前で、自らの姿をイリスは確認する。
ベージュのコートの裾をつまんでひらりと翻したり、くるりと回ってみたり……
すごい。あまりにも狙ったような仕草なのに素材が良すぎてなんでも許せちゃう。
「ありがとうございます、ローズ様。私一人ではこんなに素敵な姿にはなれませんでした。」
「ふふ、良いのよこれくらい。貴方はもっと綺麗になれるって、私が思っただけだもの。」
まあ磨けば光るってわかってたし、誰かとくっつけるためには魅力ステータスも必要だっていう理由はあるんだけど………
「……ローズ様は今日、私を女の子らしくしようとはしませんでしたね。」
「え、ええ。まあそうね。いくら似合う服を用意したって着る人が気に入らなければただの押しつけだもの。」
「私、小さい頃は母に似て可愛らしい子だ、お姫様のようだって持て囃されてたんです。」
ぽつりぽつりとイリスは語り始める。その表情はどこか寂しげで、いつもの笑顔とは少し違っていた。
「でも私はお姫様ではなく勇敢な騎士や魔道士に憧れた。……冒険者になりたかったんです。」
「そう……」
「幸い才能はありました。聖女の娘ですから。でも髪が長い限り私は女として見られましたし、他の冒険者にはナメられました。」
「だから、髪を短くして、眼鏡を厚くして、女だとわからないようにしてたんです。学校じゃあ制服と肩書きでバレちゃいますけどね。」
イリスは自嘲ぎみに小さく微笑む。
その話を聞いて私は自分がしていたことを酷く恥じた。イリスが乙女ゲームの主人公だからって攻略対象とくっつけようとして、いらない世話を焼いて……
この世界ではイリスも生きて、悩んでいる一人の人間なんだ。それなのに私はイリスの意志も聞かず攻略対象達に紹介して、勝手にイベントを消化させようとした。最低だ。
「まだ女の子の格好をしたり、お淑やかな事をするのは慣れないし、なんならあまり好きじゃないんです。でも、ローズ様がこうやって服を選んでくださったから、少しくらいはこの顔も悪くないなって思えるようになりました。」
「イリス……」
「ローズ様があの時ランチに誘ってくださらなければ、私は……いえ、僕はずっと自分の顔が嫌いなまま過ごしていたと思います。」
イリスの一人称が私から僕へと変わる。きっとこちらの方が素なのだろう。
「ありがとうございます、ローズ様。こんなちぐはぐな僕に新しい道を教えて下さって。」
イリスは私に向かって深く頭を下げて、それから顔を上げて笑った。
ただただ自分のエゴで行動してきたのに、失礼な事ばかり考えてきたのに、こんなに感謝されては困ってしまう。
「やめてよ、そんな……私、そんなつもりであなたに近づいた訳じゃないわ、本当に、私がただ勝手に……!」
目頭が熱くなってくる。
ああだめよ、泣いちゃだめ。
ここで泣いたらまるで私がイリスの感謝に感動したみたいじゃないの。
「それでも、僕はあなたに救われたのです。ローズ様が何と言おうと、僕はあなたに感謝します。」
くしゃりと顔を歪ませた私を、他人の視線から隠すようにイリスが抱き寄せる。
これじゃ、せっかく買ったばかりの服が汚れてしまうというのに。
「…………ありがと、イリス。」
「はい。」
頭の上から聞こえる短い返答に、なんだかとても安心してしまった。
◆◆◆
教室へと入ると、私の席の近くに人だかりが出来ている事に気がつく。
あんなに人がいたら私が座れないじゃない、と思いつつ近づくと、その人だかりの中心にはイリスが居た。もちろん髪を整えた状態で。
あー……そりゃあのモサモサしてた地味な子がこんなにイケメンになって登校すれば人だかりもできるわよね……
「あ、ローズ様!おはようございます!」
人だかりの中から私を見つけたイリスは、花が咲くような笑みをぱあっと浮かべて元気に挨拶をする。
ええ、変わってないわ。変わってない。外見以外は………
「ええ、おはよう。イリスってば、急に人気者になったのね。」
少しトゲがある言い方だったかしら。なんだか顔も力が入ってしまう。でもイリスの邪魔をしたいわけではない。なぜこんなに言い表せない気持ちになってしまうのだろう。
この前までは”聖女の娘”という肩書があるとはいえ、一目見ようと来た野次馬がそのモサモサ頭にがっかりして帰っていくばかりだった。
でも今日は外見を整えてイケメンになってしまっているから、こんなに囲まれているのだろう。
あれ、もしかして私、イリスが他人に囲まれるのが嫌になってる?この私が?別にイリスが嫌そうにしているわけではないのに?
「す、すみません!ローズ様が座れないですよね!ほらみんな!帰って帰って!」
イリスは周りの人達を追い出すようにして解散させる。そして私を手招きすると、その空いた席へ私を誘導してくれた。
なんだかそれがおもしろくなくて、席に座るのにも音を立ててしまう。
「どうかされましたか?」
「……いいえ?何にも。」
イリスには何も思っていない。不満があるのは自分自身にだ。
イリスが囲まれるだけでこんなにもやもやするなんて、今までは考えられなかった。
私はキューピットだ。イリスとイケメン共を無理にくっつけるなんて事は止めようと決意したが、イリスと他の人達との交流と絶ちたいわけではない。
むしろ、イリスにはもっといろんな友達を作ってもらいたいのよ。
恋人じゃなくていい、”女の子”という型に当てはまらないイリス自身を知り、その在り方を肯定してくれる友人を。
「そういえば、ローズ様。」
「何かしら。」
「先日はありがとうございました。」
「ああ、服のことね。」
「はい。」
イリスは少し照れくさそうに笑う。
よく見えるようになった顔は、きっと善き将来の友人以外も連れて来る。
そんな時、私はどうしたら良いのかしら。
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