第2話 出汁入り

「アーイルシダンさんは学食なんですね。」


「そういう貴女は弁当なのね。」


 私達は昨日の約束通り、一緒に食事を取る事にした。

 広い食堂の窓の近く、光が差し込んで彼女の白い肌が際立つこの場所。眼鏡もキラキラ反射している。


 ああ……それにしてもさっきのイリスは格好良かったわ……

 権力を笠に着た、いけ好かない上級生の誘いをばっさり切り捨てて、私の所に駆け寄る姿……

 本当に………この世界にカメラが無いのが悔やまれるわ!!


「ああ……母さんが作ってくれたんですよ。学校へ行くなら必須よって、張り切っちゃって。」


 そう言う彼女の弁当は色合いも綺麗で栄養バランスも良さそうだ。作ったお母さんの真心が伝わってくる。

 イリスは呆れたように言っているけど、顔からは嬉しいって気持ちが抜けていないのがバレバレ。

 かわいいわ。


 いえ、違うの。こんな事で尊さに悶えている場合じゃないのよ。私はキューピッド。イリスと攻略対象と結ばせる愛の天使になるのよ。


 その為にはまず彼女の事を知り、いい感じにイケメン共と遭遇させないと……


「……大丈夫ですか?体調が悪いなら無理しないほうが……」

「い、いえ、違うのよ!ただ考え事してただけ……そう、貴女のお母さんって聖女よね?そんな方がお弁当を作るなんて意外だと思いましたの。」


 危ない。思考が脱線していたわ。

 今はとにかく、このイリスと仲を深めるのよ!イケメン共は後でいいわ!


「まあずっと聖女の仕事してましたからね。魔龍を討伐した今、母としての役割を果たしたくて仕方がないんでしょう。」


 そうだったのね……。聖女もイリスも、つい最近親子としての道を歩み始めたばかり。何もかもがこれからだったのね……

 くっ、泣かせるじゃない……聖女様、私が絶対にイリスを幸せに導きますからね……!


「聖女のお弁当、ね。ご利益目当てに寄ってくる人が増えそうな代物だわ。あまり言いふらさないほうがよくってよ?きっと大変でしょうから。」

「そうですね、パーティー内でも母さんが料理当番だった日は回復の乗り方が違うって評判でしたから。良かったら食べます?卵焼き。」


 そう言ってイリスは私の目の前に一切れの卵焼きを差し出す。

 これって、あーんって事?聖女の手作り卵焼きを?聖女の娘が?

 それってライバルが食べて大丈夫なの?あとパーティー内って何?いわゆる"ちょっとしたパーティー"とは違う単語よね?

 とは思いつつも差し出された卵焼きは知っている卵料理の何より美味しそうで……


 誘惑に耐えきれず、口に入れてしまう。


 …………! なにこれ!?甘い!! 砂糖の甘みじゃなくて、もっとこう……全身に力が行き渡るような……


「……!……!」


 言葉にならないわ! 語彙力が溶けていく!

 これが聖女の料理だと言うの!?

 駄目よ、こんなものを私に食べさせては……!もっと食べたくなっちゃうんだもの……!!


「美味しいですか?ふふ、まあ母さんの卵料理は世界一ですからね。」


 ああ、溶ける……卵焼きの美味しさと目から耳から入ってくる親子愛の尊さに私はもう耐えられないわ………

 第二攻略対象ディアスには勝手にお弁当のウインナーを盗っていったシーンがあるけど、あの時盗られたのが卵焼きじゃなくてよかったとしみじみ思う。


 こんな美味しい卵焼き、味を占めたディアスに毎日盗られ続けるに決まってるもの……!!


「ローズマリー嬢、アーイルシダン家のご令嬢ともいう貴女がどこぞの馬の骨ともしれない男と昼間っからいちゃいちゃするのはどうなんですかねえ。」


 このねっとりした人をからかうようなCV.松山彰博ボイスは……ディアス・クライン!

 噂をしたら影というやつね。


「あら、馬の骨だなんて酷いわ。それに女のコには目がない貴方が男と女を間違えるなんて……失礼ですわよね、エアライネン様?」

「様って……私は様付けされるような人間じゃないんですけどねえ。」


 ちらり、とイリスの方を見てからディアスに向き直ると、"エアライネン"という名前に心当たりがあるのか顔を引きつらせていた。


「なっ……こいつが聖女の娘……!?」


 まあ。魔龍を倒した聖女の娘をこいつ呼ばわりなんて。ディアスは随分と外見至上主義だったのね。まあ私も初めてこの子が主人公だと知った時、それはもう驚いたものだけど。


 私と未知の人物との距離が近いのに危機感を持つのはいいけれど、その後の対応がいただけないわ。

 ディアスは対象から外しちゃいましょう。あんな失礼な人はイリスにふさわしくないわ。


「そうよ、この子こそが聖女様の娘。まさかクライン様ともあろうお方が見た目だけで人を判断するなんてこと、ありませんわよねぇ?」

「っ……」


 彼の顔が曇る。ゲーム内でのローズマリーの言葉はナイフだ。

 気に入らないことがあれば徹底的に叩きのめす。昔から何度もローズマリーの癇癪を見てきたディアスならわかるだろう。もう誰も私を止められないということを!


 でもあまりここで騒ぐのはイリスの印象にも良くないから止めておきましょう。

 今の私はキューピッド。イリスと攻略対象を結ぶ橋渡し役なのよ。


「まあまあアーイルシダンさん、彼も悪気があった訳じゃないでしょうし。私が誤解させるような行動や格好をしてたのにも原因がありますよ。こういう場の風紀に合わせる必要がある、と教えてくださったのでしょう。」


 私が暮らしていた場所とは違うルールがここにはありますから。と続けるイリス。

 "馬の骨"や"こいつ"呼ばわりされたというのに、なんて優しいのかしら。なんか色々雰囲気違うけど、やっぱり根は慈愛の心を持つ主人公なのよ!


「あら、貴女が食べさせてくれるの、とても嬉しかったのに……」

「それでも、学園初めての友人に悪い噂が立つのなら控えなければ。」


 ねえ!初めての友人だって!!本当に人たらしねこの子!!どこまで私をドキドキさせたら気が済むのかしら!

 眼鏡の奥の視線が私を貫いてるわ!!若干胸がギュッってなるもの!


「わ、悪いと思うなら……代わりに、名前で呼んでくださる?」


 でもまだ引けないわ、さっきのネタを元にここは代わりに名前呼びをさせるのよ!

 アーイルシダンって長いし!


「えっと、じゃあ……ローズマリー様?」


 んもう!違うわ!なんで様付けなの!

 って私がエアライネン様クライン様って呼んでたせいかしら。ということは私のマネ?それはちょっと愛おしすぎる……!


「ロ、ローズでいいわ!様付けも……貴女なら必要ないわ、友人なのでしょう!」

「……ローズ様と呼ばせてください。あなたの隣に並ぶ為に相応しい言動をしたいのです。」


 ああっ、そんな真っ直ぐな瞳で見つめられて言われてしまったら何も言えなくなってしまうじゃない!

 キューピッドになるはずなのに、私が主人公にメロメロになってどうするのよばか!


「わ、わかったわ……。貴女の好きにしなさい。その代わり、私も好きに貴女のことを好きに呼ぶから。」

「ありがとうございます、ローズ様。」


 ああ、その笑顔は反則よ……!

 放置したディアスをちら、と見ると、露骨に"出汁にしやがって"という顔をしていたので、もうどっか行っていいわよと手で合図すると、彼はもう関わりたくねえと言うようにそそくさと去っていった。


 これで邪魔者はいなくなったわね……

 これからは私のターンよ!イリスといい感じの会話をして好きな物とか好きな色とか好きなタイプとか聞き出すんだから!!

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