第31話 でもヒーローでありたい

「……何してるのよ」

「こんなところで」


 ベンチにすわったまま司は俯いたままで何も喋ろうとはしない。

 2人の1メートルほどもないその間に無限の沈黙が覆い被さる。


「さっき見てたの」


 連雀は徐に司の隣にピッタリと間なく詰めて座る。ほんのりと優しさを放つ連雀の体がの熱が司の冷たい体に共有される。耳をすませば心臓の音すら聞こえてしまそうな距離だ。司は改めて人肌の暖かさを実感する。


「———あんたが家からでてく所を、今まで見たことない顔してた、すごく寂しそうな顔」


 途切れ途切れに切れかけの糸を紡ぐような連雀の話し方は彼女なりの敬意があるからだろう。ぶっきらぼうな単語さえ温かみを感じる。


「連雀ちゃん——」


 司は何かを堪えるように連雀に聞いた。


「連雀ちゃんは———もし、もしもの話だよ?」

「自分と一緒に過ごしてる仲間の秘密をたまたま見ちゃったらどうする?」


 司は連雀に至って真面目な顔でそう聞いた。

 まだ顔は合わせられないらしく、司は地面にそう投げかけた。


「もし秘密を知られてしまったらどうすればいい?私はどんな顔して過ごせばいい?」


 司は尚も地面に向かって話しかける。

 半ば怒りに任せて蹴った足は地面を少しだけ抉った。

 司にはどうしようもない焦燥感とこれからのぼんやりとして不安が感じられた。


「バカね」


 司の靴に連雀の靴がコツンと当たる。

 連雀の足はいつ見ても綺麗だ。細くて、白くて、少なくとも私の憧れの的。多分触ったらスベスベしてると思う。触らなくてもわかる。


「あんたのことなんて気にしないわ」

「あんたにどんな秘密があろうとも、私は全然何もしない。多分千歳ちゃんも法梅ちゃんもそうだと思う」


 連雀は司の横顔を見て話す。


「だってみんな秘密の1つや2つ持ってるんだもの!」

「周りにいるみんなはあんたが思っている以上にあんたのことを気にかけてないの」

「——だけど勘違いしてほしくないいのは、それはあんたのことが好きじゃないとか、あんたのことが嫌いってわけじゃないの」

「みんな愛情を表現することが下手くそなだけなのよ」


 連雀は困ったように少しだけ笑った。


「だって愛情を表に出したらその愛情が一方的だった時にとっても悲しいじゃない?」

「みんな躊躇ってるのよ。その一歩を」


 連雀はとても優しく司に話しかけた。まるで母親の歌声のように、愛おしく、どこか感情に揺さぶりをかけるように。


「それにあんたの言う秘密って言うのもとっても気になるわ?」


「いつかまた何かの機会に私だけに教えてほしいわ!その秘密を」


 連雀はまだ何も知らない無邪気な子供のようにそう言った。


「……」


 司は何も言うことはできなかった。いままでのいろんな感情が入り混じっていて頭の中が混乱していた。連雀が発した言葉を司は胃のなかでゆっくりと反芻して体の中に落とし込む。


「今は…まだ言えない…」

「でも…もう少ししたら言えるかも。私の秘密が秘密じゃなくなったら」


「それはあんたの好きにするのがいいわ」

「だけどね——小西荘のみんなはあなたの事ずっと待ってるから」

「千歳ちゃんだって、法梅ちゃんだって、なるくんだって、もちろん、私だって」


 連雀の左手が司の右手をぎゅっと優しく握る。決して暖かいわけではないがなぜか司の心は無性に温まる。

 司はその果てないほど寛大な連雀の心に感嘆しながら何も言えずにいた。


「さ!帰るわよ!」

「いつもは千歳ちゃんも法梅ちゃんもバイトだけど今日は2人とも珍しくバイト休みみたいだから久しぶりにみんなで食べられるわ!」


 連雀は握った手を離さないで引っ張って歩き出す。

 司も無理に握った手を振り解こうとせず連雀の愛情に身を委ねようとする。


「今日の夜ご飯なんだろ?」


 2人とも今日はとても疲れてしまっているようだ。そりゃ一日中歩けば疲れるに決まってる。


「さあ?連雀は何がいいの?」


「そうだなあ…私は肉じゃががいいなあ…あ!カレーでもいいかも!本場のカレー!スパイスが効いてて、それでいてあんまり辛くなくて、さっぱりしてる感じの本場のスパイスカレー!」


「そ、そんなの成坂さん作れるかなぁ…?」


「そういうあんたは何がいいのよ?」


「え?私?」


 まさか聞かれるとは思っていなかったのでここでどう言う回答をすればいいのかわからず面食らう。


「うーん……………」

「難しいなぁ…ぶっちゃけなんでもいいんだよなぁ」


「あーっ!なんでもいいって市場にちゃいけない言葉なんだよ?その解答じゃあ何を作ればいいのかわからないから聞いてるのはずなのに余計にわからなくなってんじゃん!」


「えーっ!だけど難しいよー…」


「うーん…何がいいんだろ…」

「あ!」


 司は一つ思い出した。


「鍋だ!!」

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