第29話 Over
「はぁ…」
「ったく…」
成坂はまったく言葉が出なかった。
その女が出て行った後、成坂は腕組みをしてじっくりと瞑目をする。
「どうすりゃいいんだよ…」
○
「ったく…」
司は面倒なことになったと思った。
まさかこんなとこで楊子と会うだなんて思いもしなかった。
「逢いたかったよ」
「少なくとも私は」
昼食を食べながら話す。
「お世辞はいい」
「にしても本当に久しぶりだねぇ〜」
「ここの公園覚えてる?」
楊子は司の痛い視線をもろともせずに喋り続ける。
「本当によく遊んだもんだよ」
「案外小さい公園なんだね?僕たちが小さかったからかな?」
「あんたってそんなによく喋るっけ?」
「ほら昔も言ったでしょ?環境が性格を作り上げるって」
「あぁ…なんとなくそんなことも言ってた気がするね」
司は記憶の片隅にあったその埃まみれの記憶の断片を思い出す。
「 ⬛︎⬛︎はまだサッカーやってるの?」
楊子はまだその苗字で司のことを呼ぶ
司は成坂が作ったおにぎりを頬張りながら少し考えてこう答える
「そうだね」
「私はいまだに挑戦を続けてる。その限りない山の山頂を目指して」
「おぉ〜!すごいね!じゃあ昔よりずっと強くなってんじゃない?」
「当たり前だ。強くなってなくちゃ意味ないだろ?」
司は少し笑った。そのショートヘアを張る風に靡かせながら。
○
「た、ただいま…」
「も、もう歩けない…」
連雀は小西荘に帰るなり土間でへたり込んでしまった。
確かに残り数キロの彼女はもはや人間とは思えない体たらくで意味不明のオノマトペを体から発していた。
「何で土間で寝てんだよ…」
様子を見にきた成坂も流石にこの残念な光景には呆れてしまう。
「だってぇえ!!」
「なるくんは朝から晩まで歩いたことあるの?めっちゃ大変だよ!現代の人間がやることじゃないよ!足も痛いし、腕も痛いし、肩も痛い!体の全部痛い!!」
「おーい法梅、こいつ自分の部屋に連れてってやってくれ」
連雀の雄弁な演説は成坂にはまったく意味のなさないもののようだった。
「はいはい、って!なんで連雀ちゃん土間で寝てるの!?風邪ひいちゃうよ!」
法梅は階段を降りて目の前に広がる連雀のあられも無い姿にびっくりする。
「もーっ…はい、じゃあ部屋行くわよ?」
「だめ!連れてって!もう立ち上がれない!」
「えぇ…しょうがないわね…」
法梅は困惑の表情を浮かべながらも連雀を背負って階段を登ってった。
成坂は台所に戻って夕食の準備をするようだ。
司も自分の部屋に戻ろうかと考えたが階段を登る気力は存在しないので居間で片付けでもしようかと考える。
「あ、これ、はい。お弁当っス」
「ああ、ありがと。こっち置いとけ」
「弁当おいしかったっス!」
「そうか——ありがとな」
成坂は野菜を切りながらそう答える。
「どうだったんだ?遠足は」
「うーん…まあ楽しかったんですかね?」
「いろいろありましたし?」
「あそこの公園だよな?」
「そうっス!ここからくるまで行っても30分以上はかかるくっそ遠い公園っス!」
「懐かしいなぁ…ほんとに変わってないんだな」
「んで、どうだったんだ?遠足で仲が深まったのか?」
「ま、まぁとりあえず何人かの人とは仲良くなれそうっスね」
「とはいえまだまだ時間はあるのでこれからもいっぱい色んな人と喋って行かないとですけどね」
司は変なことを言ってしまわないように慎重に言葉を選んだ。
「成坂さんはどうだったんすか?今日一日」
これ以上不用意に変な発言をしないように逆に司が成坂に聞いてみる。
「ああ、そういえば『紅筋山』っていう人に会ったぞ」
司の毛穴がゾワっと開くのを感じることができた。
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