第27話 或る人は言う「夏休みのある小学校時代に戻りたい」と
そいつはすごいやつだった。
私は紅筋山という街中から30分ほど車で走らせた山の中腹にある小綺麗で小さな孤児院的な施設に連れてこられた。
山の中腹を切り開いて作ったもんだから景色は綺麗だ。他のどんなところよりも引けを取らない自信がある。ただ、冬の寒さにはとことん悩まされた。ただいたずらに寒く、一日中暖房をつけないといけないほどであった。
と、言った具合の施設に私は数年間過ごしていた。
当初、私はすぐに帰らされるうだろうと思っていた。
またどこかしらの家族のもとに連れて行かれるだろうと、自分でもそう考えていた。
自分の本当の名前を言っていないとしても誰かが私のことを探しているだろうと考えていた。
だから、私はこの施設で積極的に友達や、一緒に過ごそうとする仲間をつくろうとはしなかった。
もし仮に私がどこかへ連れて行かれたときにその相手は裏切られた気分になってしまうだろう。自分で作り上げたつぎはぎだらけの心を治すのは誰なのか。
そいつはすごいやつだった。
私が施設に来てからすぐにそう気がついた。
そいつは無邪気だった。
そいつは本当に面白いやつだった。
そいつと一緒にいると本当に退屈にならなかった。
だからそいつのおかげで私は、
純粋に楽しめることが増えたし、
心から笑い合うことができたし、
いつまでも一緒に居たいと初めて思えた人かもしれない。
出会いはいつも思いがけないところである。
私があいつと友達になるきっかけとなった話である。
ある秋の日、その日も私は1人で本を読んでいた。
別に本を読むと言う行為そのものに苦痛はない。元来、本を読むのはかなり好きなようで家にあったガキの私には読むのが早すぎる本を読み終えては両親を驚かせていた記憶がある。
その日は朝からずっと外で遊んでいた。どうやら紅筋山に新しいボールが寄贈されたらしい。
あまり球技的な遊びを触れてこなかった紅筋山の人たちは大はしゃぎ。我先にとボールへ駆け寄って敵味方関係なくボールを蹴って遊んでいた。
その日は建物の中でずっと本を読んでいた。少しボールで遊ぶ姿が気になったりもしたのだが、何より億劫であった。
秋とは言えども吹き付ける風の冷たさには少し嫌気がさしてしまう。
そいつらは昼食もそこそこにし、また外に出て行ってしまった。本当にどこにそんな体力があるのだろうか?私にも少し分けて欲しいくらいである。
私も昼食を食べ、外に出て見ることにした。
やはりどんなふうに遊ぶのかの興味の方が読んでいる物語の続き以上に興味を惹かれてしまった。
なるほどこれがサッカーという遊びなのか。名前は知っていたものの実際にどんなふうにそのイベントが行われるのかを私は見たことがなかったのでとても新鮮な気分であった。
とはいえ、ただじっとそいつらのプレーを見入っているわけにはいかないので本を読むふりをしながら、そいつらを観察していた。
たまたま私の足元にボールが転がってきた。誰かがボールを取り損ねたらしい。
「ごめーん!そっちに転がってったボールとってくれない?」
そいつと初めて話した瞬間かもしれない。
私は全くもってサッカーについて知らなかったので、とりあえずそいつが蹴っているように私も蹴った。
ボールは明後日の方向に行ってしまい結局そいつが拾いに行く羽目になってしまったのだが、これを機に私の運命は動き出したのかもしれない。
誰にも言ったことはないのだが、これが私がサッカーを本気で好きになったきっかけとなる。
「えっと、一緒にやる?サッカーえーっと…名前は—」
「つ、司!」
初めてここで偽名を口にした。
その信じ切った顔を見て嘘をついて自分を偽ろうとする姿に負い目をも感じた。
「伊東 司。今日はサッカーやんないわ。なんかそういう気分じゃない」
彼女はあからさまに残念そうに肩を落とす。よほど一緒にやりたかったのか、それとも私自身が気になったのか。
「でも、また機会があるなら呼んで…欲しい…かも。とっても楽しそうだったから」
この言葉はまったくもっての本音であった。けども今はサッカーについても、ましてや球技そのものについてほとんど触れてこなかったので何をどんなふうにすれば良いのかわからなかった。
そんな状態で一緒にやっても何にも面白くないだろうと考えて一緒にやらなかったのだ。
「ほんと?もしかしたら明日もやるかもしれないから、その時は私が誘うね!」
「あ!名前は楊子!月読楊子!これからもよろしくね!」
「ありがとう」
感謝の言葉を聞かないうちに彼女はみんながいる方にかけていった。
その後ろ姿はどこか嬉しそうな感じが溢れ出ていた。
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