第26話 discovery?

 結局、私はことの顛末を一部始終話してしまった。

 当時の私はとにかくその自分の思い、恐怖、憎悪、憎しみ、全てを無感情に吐露出来る相手が欲しかったのかもしれない。

 それともただ単純に彼女に助けて欲しかったのかもしれない。

 全て、自分が受けてきたその『運命』を彼女に話した。

 全てを話した後は不思議と何にも感じはしなかった。そこに存在するのは一種の解放感のみであった。


 そこから先の顛末は簡単だった。

 私は同じような境遇の同じような容姿の同じような年齢の子達がかき集められた施設に連れて行かれた。

 一晩だけ警察署の施設みたいなところで寝て、次の日の朝簡素な朝食を食べて迎えの車が来た。

 迎えといっても今までとは一味違う。行き先は私の待つ真実ではない。この日を境に私の行き先は得体の知り得ない不思議な未来へと行くのであった。


 ○


 その女は不気味だった。

 ここの場所にやってくる人たちはみんな何かしらの陰をその顔から感じることができる。

 その経緯こそ知らない、知りたくもないのだが、そんな見えないところでとんでもないほどズタボロにされ、ぐちゃぐちゃにされて原型を留めてすらいない心をなんとか手で掬い上げて再び作り直そうとする人が集まる施設である。

 名前は紅筋山だった。

 安直な名前だ。

「紅筋山」という山の山肌に作られたのでそういう名前にしたらしい。

 まあそういうところが創設者らしいと、いつか職員とお話をしたことを思い出した。

 おっと。話が逸れてしまった。そうだった。彼女の話をしなければならない。

 彼女がやってきたのは私が小学校2年生の時。

 まだあどけなさが残っていながらも彼女ははっきりと自己紹介をした。

 その姿は到底私と同い年とは思えなかった。

 当初から彼女は施設の職員からも、施設の児童からも、注目を浴びていた。

 やってきた時の服装、立ち振る舞い、持ち物、全てがここにくるような児童のレベルの質ではないからだ。

 こんなにも美しいどこか違う国から来たお人形さんみたいな真っ白な肌を持つその少女の名前は……。いや、言わないでおこう。彼女とそう約束したのだから。

 最初の数ヶ月はまったく話すことはなかった。同い年ともいえど、接点がほぼなかったのだ。

 何もない暇な時間、彼女はいつも1人で何かしらの本を読んでいるか、うたた寝をしているかのどちらかだった。

 けども、そんなある日私はひょんなことで彼女と話すことになる。


 ある秋の日、紅筋山の子達でサッカーをしようという話になった。

 施設の目の前にはなんとか作り上げたこぢんまりとしたグラウンドというか、芝生というか…どっちにも似つかないような…遊び場がある。

 私は根暗な彼女とは違って快活な性格な持ち主なのでみんなと一緒にサッカーをしていた。

 彼女はさして興味のないかのようにずっと読書に耽っていた。

 試合の最中たまたま、ボールがそっちに転がっていってしまった。


「ごめーん!そっちに転がってったボールとってくれない?」


 彼女は無言でその転がったボールを見様見真似で蹴った。

 ボールは明後日の方向に行ってしまい結局私が拾いに行く羽目になってしまったのだが彼女の運命はここで大きく変わったらしい。

 別にそう言うふうに彼女が明言しているわけじゃないのだがその時を境に彼女はの運命はまた廻り出したのだと思う。


「えっと、一緒にやる?サッカーえーっと…名前は—」


「つ、司」


 彼女はそう、遠慮がちに自身の名前を私に告げた。まるで自分の名前を言うのが慣れていないようだった。


「伊東 司。今日はサッカーやんないわ。なんかそういう気分じゃない」


 私が少し残念そうに肩を落とすと


「でも、また機会があるなら呼んで…欲しい…かも。とっても楽しそうだったから」


 その時彼女は初めて私たちに、私に微笑んだ。

 その顔をやさしくクシャリと丸めたような笑顔は彼女の立ち振る舞いからは想像できないほどの下手くそな笑顔だった。


 その晩、彼女は夜遅くまで施設のパソコンを使ってある調べ物をしていた。

『サッカー』について調べるなんて私は思いもしていなかった。

 根は真面目なのだろう。もしくは型から入るタイプの人間なのだろう。

 サッカーのルールやサッカーについての基礎知識が書かれているネットのページを見入っているようだった。

 簡単ではあるがこれが私と彼女の運命の歯車が噛み合い始めた時だった。

 再びそのとまっていた運命は動き出す。


「司ちゃん?」

「何調べてるの?」


 私は真剣そうにパソコンと睨めっこをする司に声をかける。


「『サッカー』について調べてるのよ。今日あなたたちがやっていたでしょ?」


「気になるの?」


「ええ。私はそういうの初めて見たから…」


 彼女の目には希望が満ち溢れていたんだ。

 自分の中の可能性を持っているかもしれないっていう少しの希望だね。

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