第24話 親不知ならびに子不知
雪の降る坂道を1人の少女がヨタヨタと歩く。
この世の全てに対して謝罪をするかのように申し訳なさそうにして歩いている。彼女の着ている洋服はもう随分と洗濯すらされておらず黄ばんでいた。
○
孤独には慣れていた。慣れていたと思っていたという方が正しいのかもしれない。
学校では金持ちの一人娘とチヤホヤされ教員らには顔色を伺うような態度で接せられ、同級生からは金持ちのボンボン娘と言われ金持ちで知能の低い馬鹿とみられており、常に蔑みの対象でもあった。
もちろん、そんな面倒くさそうな奴とは好んで関わろうとする奴なんて1人もいない。
クラスの見せ物だった私はありとあらゆる下劣な嫌がらせを受けていた。
私物の消失、上履きの消失、給食の量が私だけ異常に少なかったり…
今ここで上げたらきりがないほど。
子供らしいといえば子供らしい、今考えればとても可愛らしいいじめであった。
家に帰ったら自分の居場所がある…というわけでもなく、家に帰っても両親は喧嘩してばかり。常に何かしらのいざこざを起こしており両者の関係は完全に冷えきっていた。
父親は常に仕事、母親は常に芝居やチェスなど、娯楽に浸っている生活を送っており家に私1人だけをおいてどこかに出かけてしまっていた。
食事もほとんど1人っきり。すでに出されている食事をただ単に食べるだけの生活であった。
ある雨と風の吹き荒れる日に両親はまた喧嘩をしていた。
ことの発端はもはや覚えてすらいない。
けどもとてもひどい喧嘩で何かがガチャン!問われる音が何回も家中に響き渡っていたのは容易に思い出すことができる。
その喧嘩がさらに激しくなって、突如、「あんな奴産むんじゃなかった!」という涙の混じった母親の声が聞こえた。それに反論するように父親も「お前が産みたいって言ったからだろ!」と乾いた声を張り上げて反論していた。
この時、自分の中にある信頼やら家族の絆とやらの大切なものが完全に崩れ落ちた悟った。
いや、元からそのような強固な関係があるわけではないのだが私はせめてもの慈悲としてまだ『家族』という存在を捨てきれずにいたのかもしれない。自分の中にまだ両親を信じている私がいた。
(今は苦しい時かもしれないけど、またみんなで旅行に行けるかもしれない!)
(またみんなでご飯を食べられるかもしれない!)
(またみんなで一緒にねれるかもしれない!)
(またみんなで——)
まだ浅はかな思考しかできなかった私はまたいつか本当の「家族」というのを演じることができるかもと信じていた。時の流れが全てを解決してくれるだろうと。
(ああ、あなたたちにとって私はあくまでも『他人』なのね)
いつまでも命の責任をなすりつけあい…
その日は家族全員揃ってでの朝食だった。
その当時にはもうすでに離婚は確定していて我が子をどちらの籍に置かせるかの話し合いをするために父は仕事を休み、母は芝居に出かけなかったのだ。
至って普通の食パンにバターと苺ジャムが塗られたトーストがテーブルにおいてある皿に置かれていた。
当時の私にとってのその光景はとても異常に見え、また憧れでもあったその光景に私はいろん感情が混ざり合って食パンを頬張った。
「またこれからもこうやって食べれるの?」
「ええ、そうね。また一緒にご飯を食べれるわよ」
母は優しく笑みを浮かべて私にそう言った。
最後の食卓の会話は次もこうやってまた食べようと言った一つの約束の会話であった。
その約束を聞いた私はとても嬉しく感じた。
—どれだけこの時を待ったものか。どれだけ『普通』の家庭の元で生活したいと切に願ったことか。
その願いがついに叶えられようとしているのであった。
喜びを抑えようとしてもどうしても喜びが溢れ出てしまうような1日だった。いつもは少しだけ気になってしまう同級生の熱烈な歓迎も、先生の優しい態度も、もはやどうでもいいこととなった。
私はとにかく『普通』の家庭に戻れることを喜んでいた。
—またあの優しくて逞しくて知的な父と難しい話をすることができる!
話の内容は分からなくてもあの瞬間の父の喋っている姿は見たこともないくらいとても輝いていた。
—またあのお淑やかでいつも私たちのことを気にかけてくれる美しい母と一緒に編み物ができる!
繊細で大胆な母の指遣いはまるで曲芸師のように艶やかでいつまでも飽きることなく見ていた。
その日からだ、私が歩もうとする道の前に壁が出来上がってしまったのは。
周りの怪奇の目など意図に介さずスキップで家に帰ろうとしていた道中、何台もの消防車をみた。
何事かと思ってよく見るとその数は十数台にものぼっていた。
全く私と同じ通学路にある消防車を不審に思い辿っていくと囂々と燃え盛る私の家があった。
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