第16話 新たな季節


 季節は春、月は4月、毎日が新しいものと冬の間ずっと長い間閉じこもっていたものとの出会いである。


 司は初めて着る慣れない高校の制服に腕を通そうとしていた。

 窓の外を見れば司の部屋からも見えるほどの少し大きな木が艶やかな紫とピンク色の気品のあるの花を誇らしげに咲かせていた。

 成坂によると名前は『ライラック』と言うらしい。


 コンコンと司の部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 入学式の前に1度一緒に制服を着てみようと提案をした連雀による物だろう。


「司ちゃーん?制服着れましたか?」


「はい!着れたっスよ?そっちはどうっスか?」


「うん!いい感じ!採寸、きちんとしておいてよかった〜」


 その声は新しい制服を着ることができてなのか、それとも新たなるステップを踏むんだと言う実感から来ているのか、とにかくとても陽気であった。


「どぉーよ?司ちゃん?私の可愛い制服姿」


 開けられた扉のその向こうには制服姿の連雀が立っていた。

 髪の毛はポニーテールで可憐にまとめられており、薄緑色の緩めたネクタイに左の胸ポケットに付けられている校章が目立っている。

 赤色のチェック柄のスカートからは可愛らしくて今すぐにでも欲しい細くて真っ白な太ももがチラリとのぞかせていた。


 その姿はまさにどこかのモデルやアニメに出てきそうなほどの可愛さであった。


 右側にある姿見に自分の制服姿を映してみる。

 そしてもう一度連雀を見てみる。


 同じ学校の制服というのになぜこんなにも違いが出てしまうのか…

 残酷かつ惨憺たるその自身の状況に必然的にため息が出る。


「まぁ大丈夫でしょ!」

「そ、そんなに心配しなくても高校生なんて自然と垢抜けるし?て、ていうかほら、司ちゃんサッカーあるじゃん?」


 あまりの司の落ち込みに連雀は必死の励ましをする。


「連雀さん…」

「連雀さんは心まで神なんスか…?」


 司はその連雀の圧倒的な器の広さに感動していた。


「連雀さん!私はもうこんなゴツい足は嫌っス!!その綺麗な足と交換してくださいっス!」


 司はその連雀の美しさに最低限の理性さえ失ってしまった。


「あわわ…!司ちゃんがおかしくなっちゃたよー!どうしよう?どうしよう?」


 ○


「ねぇ…」


 千歳は真剣な顔つきで向かいに座ってスマホをいじっている法梅を見る。


「…春休みの宿題って終わった?」


「え?終わってるけど?」


 謎の千歳の質問に法梅は怪訝そうに答える。


「おかしい…!」


 千歳はどうやら何かに全く納得がいってないようであった。


「春休み中なぜほぼ一緒の時間を過ごしたはずの同志が宿題をもうすでに終わらせてしまっている…!?」


「だってさぁー」

「こっちの学科のやるべきことってほぼないし?就職活動なんて3年から始めればいいんだし」


 法梅は気だるそうにそう答える


「同じ大学に通っているというのになぜこんなにも労働力が違うのか…」

「おかしい!これは差別である!!私は差別を受けて社会の不利益を被った!!すぐさま労働監督署に連絡せねば!!!そして私に謝罪をせよ!!」


 千歳はついに頭がおかしくなっていた


「ちーちゃんさー」

「そんな茶番、やる暇あるならさっさと課題やれば?」


 法梅は千歳のくだらない茶番に乗るつもりはないようだ。

 法梅の放った言葉は千歳の精神のにどえらいダメージを与えてしまった。


「…ぐはっっっっっっっっっ!!」


 千歳は死角のないその言葉の刃に対しただすごすごと従うのみであった。


「……。」


 法梅はチラリと千歳の活動風景を監視する。

 千歳は苦虫を潰したおっさんのようにムッツリした顔で出された課題に取り組んでいた。


「ま、まぁ少しだけなら手伝ってあげてもいいけど…?」


 しまったと法梅は思った。

 あまりにも嫌々やっている千歳を見て少し手を差し伸べてあげようと思ったのだが、


「のりうめくん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「私はその言葉を待っていたのだよ!のりうめくん!!!!!!!!!!!!」


 このザマである。

 千歳は自信満々にわが将来に心配などなしと言わんばかっりに無い胸を張り法梅にこう言った。


「のりうめくん!きみは街中まで出向いて風景画を描いてきたまえ!」


「おめーなんで芸術科在籍してんのに絵をわあたしに描かせんだよ!これどう考えても芸術科の課題の肝だろ!お前がやらずしてどうするんだよ!」


「うぅ…」

「でもこの課題やんないと単位くれないって教授が…」


 千歳は上目遣いで法梅の顔を見てくる。


「はぁ…」

「わかったよ。じゃああんたがこの風景が描いてきなさいよ」

「その間に他の課題やっちゃうから、それでいいでしょ?」


 法梅は千歳のずうずうしさと、自分の精神力の弱さに呆れてしまった。


「ありがとね!!ちーちゃん!このご恩は必ずサイゼで返すから!」


 と、大学生の彼女は高校生みたいなケチな報酬を約束して大急ぎで外を出ていった。


(はぁ…)

(なんで私がこんなことしなきゃいけないんだか…)

(あ、司ちゃんたちにも手伝ってもらおうかしら?)


「司ちゃーん」

「ちょっと来てー!」


 法梅は下にいるはずの司を呼ぶ。

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