第15話 幸福な食卓
「ただいまぁ〜」
ほぼ1日中に重い荷物を運ばされ引越しの作業に目処がついたと思ったら、さらに買い物まで行かされた人間たちに体力はほとんど残っていない。
「おう、ありがとう」
成坂は黒くて肩甲骨らへんまであるそこそこ長い髪を一つに束ねている。その後ろ姿はまるでレストランのシェフのようであった。
「あ、今日晩ご飯ここで食べるんだよな?」
成坂が振り向くと前にはクリーム色の年季のはいったエプロンをつけていた。
「え?うん。そのつもりで帰ってきたんだけど?」
法梅はヘンテコな質問にきょとんとしてる。
「そうか。ならよかった。あとで呼びに行くからそれまで自由にして待ってて」
成坂はまた鍋の方に体を向ける。意外な一面に千歳は驚く
(えぇ?意外!あの成坂さんが料理するときにエプロンつけるなんて!ギャップが激しすぎる…意外と繊細なのかなぁ?)
千歳は専門家みたいに法梅のその服装の真意を注意深く考察する。
(もしかしたらエプロンの中には見せられないものがあるのかも⁉︎それをみんなが集まってから見せる………もしかして成坂さんって変態?)
「おい、おい!千歳!みんな自分の部屋に帰ってったぞ?」
「どひゃぁ⁉︎」
唐突に妄想が遮られびっくりるする。
妄想をしていた本人に声をかけられたので頭の中を見られてしまったのではないかという無意味な不安に陥る。
「あ、あの!い、今のことはくれぐれも内密にお願いいたします…」
千歳は鍋の中の様子を伺う成坂の背中に恐る恐る話しかける。
「はぁ?」
成坂は千歳の言っている意味がわからず後ろを振り向く。
「ばっ!!や、や、やっぱりなんでもありません!!!!!!!!忘れてください!!!じゃ、ご、ご飯できたら教えてください!私そしたら食事の準備するんで!」
千歳は光のように台所から姿を消した。
(なんだあいつ?)
(急に意味わからんこと言い出したと思ったら、トマトみたいに顔真っ赤にして…)
(あ、少し煮過ぎたかもな…)
鍋の中身の具をつぶさに確認しながらそんなことを考えながら、成坂は鍋の火を消す。
「おーーい晩飯、出来だぞー」
時計の針は午後6時15分を指していた。
(まぁ、晩飯としてはいい時間か?)
○
程なくして4人全員がダイニングに降りてきた。
机の上には普通の量のカレーと小さな皿の上に乗ってるサラダが4人分置かれていた。
「どこ座ろうかしら?」
法梅は逡巡する。
「私はここにするっス!一番テレビが見やすそうなので!」
司はすぐに自分が座りたい場所を決めた。
「あーっ!ずるいです!私もそこ座りたかったのに…」
連雀は自分がねらっていた席を取られ残念そうな顔をする。
「ふふーん残念っスねぇ。やっぱりこういう席の取り合いは早い者勝ちっていうのが定番なんでね!」
「もーっ!ずーるーいー!」
連雀は納得できないように不満を垂れる
「連雀さん、残念ですけどもうあなたの席は1つしかありません」
その席はテレビに背を向けており究極にテレビを見づらい席であった。
「もうっ!!明日の朝は絶対にそこ取るんだから覚悟しておきなさい!!」
連雀は半分小学生のように拗ねて椅子に思いっきり座った。
「「「「いただきまーす!」」」」
4人は揃って成坂が作ったカレーを食べる。
「んーっ!このカレー手作りなんスかね?めちゃくちゃ美味しいっスよ!」
最初にこの味に驚いたのは司だった。何かの妖怪に取り憑かれたかのようにバクバクとカレーを口の中に放り込んでいる。
「す、すごい!こんなにもスパイスの味がうまく引き出されてるなんて!野菜の素材の味とスパイスの風味がケンカをせずに本当に神秘的な対比で組み合わさってまるで料理で出されたかのような上品で美しい味だ!」
千歳のその顔は本当にグルメリポーターのそれだった。
「どういう立場の発言?」
法梅の冷静なツッコミが千歳のそのグルメハンターの血を醒させる。
「わ、わからないけど、とにかく美味しい!!」
千歳の理性はとっくに失われていた。千歳の目の前にあるカレーがみるみる吸い込まれていく。
「た、確かにこの味は美味しいと認めぜるを得ないわね…」
法梅はとてもこの評価は不服そうではあったがあくまでも客観的な視点でその判断を下した。
「でしょでしょー?なるくんって本当になんでもできる器用な人なんですよー?すごいでしょー!」
「すごいのは連雀ちゃんじゃないでしょ…」
法梅は笑いながら言う
「いいんですっ!ずっと一緒にいたんだからほぼ同一人物みたいなもんなんですー!」
「どう言う理論なのよ…」
法梅はその理解不能な論理的思考を真剣に考えるのをやめる。今日はそんなことに頭脳を費やすエネルギーは一切ない。
「なんか、『家族』って感じですねー?」
連雀が嬉しそうな顔でみんなに聞く。
「そうねぇー。今までこんな食卓でワイワイ喋りながら食べるってことがなかったからなぁ。本当にこれからも楽しい食事になりそうだわ!」
「んで、あんたはいつまでそこに突っ立てるのよ?」
ふとダイニングの入り口に目を向けると成坂が寄りかかって瞑目していた。
「いや、俺は後で食べるから。女性たちの会話にわざわざ水刺しに行くほどの度胸を俺は持ち合わせたないし」
「何カッコつけてるのよ?だからいつまでも素人童貞のままなんでしょ?ほら、そこに1つ空いてんんだからそこに座んなさいよ。この料理を作ったあんたがいないと何か申し訳ない感じするでしょ?」
「い、いいのか?」
成坂は自分のことをおちょくってるんじゃないのかと疑う。
「もちろん!」
法梅は優しい笑顔でその疑いの目を返す。
成坂は空いてる椅子に自分の食事を持ってきて5人で食べ始める。
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