第9話 その少女らは探し求める3
2月も折り返しに近づいてきた頃。
「どうだった?さっきのアパート、2人向けのアパートだからやっぱり広かったねぇ」
「うーん——キッチンが少し手狭すぎるかなぁやっぱり2人とも自炊するしね、それなりの機能がある方がいいと思うだよね…」
千歳はさっき内見したアパートの部屋をもう一度思い出す。
「うーん…やっぱりそうなるかぁ、そうだよねぇ」
法梅は少し困った顔で腕を組んで歩いている。
(なかなかいい物件てないもんなんだなぁ)
(とりあえずあと1軒、か)
今日の朝から何軒か新しい住まいを探している。
条件はざっくり法梅たちが住んでいる、トンデモ・オンボロアパートメントからあまり離れていない場所、2人がきちんと住める類のアパートの2つだった。
そのたった2つの条件といえどもなかなか2人の要望にピッタリ合うようなアパートは見つからない。
千歳が思った以上にそういう『住まい』に対してのこだわりが強いのであった。
反対に法梅は屋根があって千歳と2人で住める所だったらぶっちゃけどこでも良くて、いつも内気な千歳が張り切って隅々まで事細かく業者のような真面目な顔でアパートを内見している所を一緒にみている状態になっている。
「とりあえず今日はあと1軒見に行くけどいい?」
法梅は疲れてしまったのか、少し遅れて歩く千歳に声をかける
「だ、だけどこの格好大丈夫かなぁ?」
「今朝大急ぎで支度しちゃって服とか適当なの選んじゃったから…」
「服装が適当な女でヤバいやつだと思われたちゃったらどうしよ…」
そう言っている彼女は膝丈くらいまである落ち着いた色のトレンチコートに黒色のシークレットブーツを履いていて、法梅は控えめに言ってまじ可愛いと感じていた。
これで『適当に服を着た』というのならば法梅の着こなしは一種の『惨事』である。
「もー、それ今日1日で何回言ってんの?大丈夫だって、全然大人っぽくてまじ可愛いから!」
「本当にー?お世辞聞いてるわけじゃないからね?」
千歳はその法梅の発言を信じきれないような態度で疑っていた。
○
「ここかな?」
オーナーからメールで送られてきた住所を照らし合わせて行ってきて見たは良いものの、法梅はいささか不安であった。
素人目に見てもわかるのだがこの『子西荘』という建物は法梅たちが住んでいるトンデモ・オンボロアパートメントより外観が古い。
さらに、法梅たちはここの小西荘に面している道が大学へ行くための通学路となっているが今までこの建物に人が入っている状態を1度も見たことがなかった。
とはいえども行ってみないとわからないので恐る恐る玄関についてるインターホンを押す。
千歳は法梅の背中の裾をギュッと掴んでぶるぶる震えてる。
『びんぼーん』という残念な音と共に中からドカドカと誰かの足音が聞こえる。
立て付けの悪そうなドアが勢いよく、ものが壊れる類の音を一緒に発しながら開けられた。
「…内見の、法梅さんと千歳さんかい?」
その男は年齢は多分同じくらいだけどもだらしなく髭が生えており髪の毛も肩に掛かるくらいの長さまであった。
なぜかエプロンをしておりそのエプロンには絶対に料理ではつかないような茶色い油のしみがいくつも付いていた。
「はい…先日連絡した法梅です」
「俺がこの小西荘のオーナーの
「まぁ、とりあえず上がってくれ。その戸棚開ければスリッパがあるから履いてついてきてくれ」
と言い残してその男はスタコラ先を歩いっていった。
どこまでも無関心な男だと法梅は感じた。
(本当にこんなやつが寮のオーナーやってるのかしら?)
(権限だけ持ってて実際にいろんな事務をしてくださる人は別にいるのかもしれないわね)
「1階に4部屋、2階に6部屋ずつ用意してある。和室と洋室の2つだ、自分が好きな方を使うがいいいさ」
「風呂は2階の部屋の1番奥にある。その反対側は俺専用の部屋だ。」
まるで説明するのが手慣れているかのように流れるように小西荘の内部構造を説明していく。
最後に通されたのは応接間ともいえないようなリビングだった。
「一応ここがリビング兼応接間になる。基本的に料理は全員で食べる」
「あ、あのっ!」
「キッチンを…見してもらっても…いいでしょうか?」
プロの千歳が勇気を振り絞ってその男に聞く。
「ああ?別にいいが対して他の一般家庭と大差ないぞ?」
「あ、ありがとうございますっ!」
千歳はすっ飛んでキッチンに行った。
人の家のキッチンに虜になってしまった千歳に呆れてしまった。
「へぇ、法梅さんは千歳さんとどんな関係なんだい?」
千歳をよそに成坂は法梅に話しかける。
「ちーちゃ…千歳とはルームシェアで生活してたんです。けれども、住んでたアパートが今度取り壊されることのなっちゃって」
「ふーん。」
「そりゃ残念なことだ」
「まぁいい機会じゃねえのか?新しいところに引っ越すっていう一つのきっかけができたんだからな」
成坂は書類がたんまり入った棚から数枚の書類を取り出した。
「一応、これが契約書類だ。成人してはいるけれども親にもきちんと渡しとくように。それと、ここに必要な事項を記入しておいてもらいたい。提出は最悪こっちに入居する時でもいいから」
「ちょ、ちょっと待って!なんでもう入居するって流れになっているのよ?まだ別にここって決まったわけじゃないのにおかしいわよ!」
「どうやらもう1人のやつはここにしたいそうだが?」
「のんちゃん!!ここのキッチンすごい!いろんな鍋が置いてあるしあんなでっかい中華鍋初めてみた!しかも何あの調味料の量!!成坂さん、もしかして料理にこだわりの強い方ですか?」
千歳のさっきまでの態度とは打って変わってしまった態度に成坂は若干ついていけずにいた。
「ん?」
「はっ!!!!!!!!!!!!!」
「す、す、すみまっせん!つい自分としたことが!そうですよね!オーナーともなれば自分で料理なんかせずに他の人を雇って料理を作りますよね?今度ぜひ紹介してください!」
「落ち着け。千歳さん。料理は俺が作るしあんたが作りたいっていうならあんたにまかしてもいい。俺も色々料理は教わりたいしきちんとした料理を教えたい」
「!!!ほ、本当にいいんでしょうか?こんな私が料理なんて…」
千歳の目はその謙遜の言葉とは裏腹にとてつもない輝きを放っていた。
「ああ、5人分作らなきゃならないからな、人手が増えれば作るのも多少は楽になるだろ」
「その、他の3名ってどのような人なんですか?」
法梅が気になって思わず聞いてみる。
「1人は俺のことで、もう2人は今年高校に入る16歳、女子高生だ。そんで、あと2人があんたらのことだ」
「だっ、だから!なんでもう勝手にここに住むことになってるのよ!まだ別に入るなんて決めた訳じゃないんだし!」
「えっ」
「のんちゃん、ここに住むつもりないの?私もうここに住むって決めたのに…」
「ほら、どうすんだ?お前の大切な友人は決めたぞ」
「ち、ちょっとふ、2人で話させてください!」
「話がついたら呼んでくれ」
成坂は応接間から出る。
○
「え?どうすんの?ちーちゃんここに住むつもりなの?私は住むつもりないよ?」
「なんで?あんなにいいキッチン使わしてもらってしかも家賃安いんでしょ?絶対にここにしたほうがいいって!」
千歳は力を振り絞って言葉を発する
「私はいやよ!だって他の寮生は女子なのに1人だけ男なんだよ?絶対に何か悪さされるに違いないよ!」
「それでも私は住むから」
「だってこれ以上安い物件ないし」
千歳はもう一歩たりとも譲歩しないようだった。
「それでも—」
「私と一緒に住みたくないの?」
「——」
法梅は千歳の言葉に対して必死に反論しようと言葉を探していた。
けれどもそれに見合う言葉はいくら探しても見つけることはできなかった。
「…わかったわよ」
法梅は半ば諦めて千歳の願いを了承した。
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最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は登場人物全員が集合します。
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