第8話 その少女らは探し求める2

 ——朝

 法梅のりうめは少し眩しい陽の光で目を覚ます。

 基本的にアラームはつけなくても自然に起きれるような体になっている。

 そんな生まれ持った小さくてとても大きな能力に感謝しながら身を起こして、隣でまだすやすや安らかな顔で寝ているルームメイトを起こさないように慎重でまだ寝ぼけておぼつかない足取りでコンロに行き、火をつける。


 2月に入り、少しずつ陽の光が部屋の中にも入るようになってきた。部屋はもう十分に明るい。


 お湯が沸くまで少しぼーっとしているとピコピコ機械的な音がけたたましく部屋になり響く。

 もう1人のルームメイト、千歳ちとせのアラームだ。

 こちらは法梅とは打って変わってアラームをかけないと起きられない。ていうかむしろ、アラームをつけていても起きようとする努力すら見せない。

 見せる努力と言えばそのつけたアラームを止めるだけだ。もっぱら千歳を布団からひっぺがすのは法梅の仕事なのだ。


「ほらー、おきてー、もう時間あんまりないよー?今日バイトでしょ?」


 ガシャガシャとアルミサッシなど気の利いたものすらない木の枠でできた窓をヘボ大学生の非力な腕力で思い切り開ける。

 少し暖かい風がびゅうと部屋の中に入り込んでくる。

 結局今日も法梅は千歳を力づくで布団から引き離した。


「むぐぁー」


 意味のわからない言葉を発しながら霰もない姿で千歳は掛け布団から出される。


「ハッ!!」

「やばい!遅刻ちゃう!今日こそ遅刻しないように決めたのにぃー」


 千歳は大急ぎでバタバタと支度を始めた。


「ちーちゃん、机の上に朝ごはんと飲み物置いとくからね?」


「わーっ!本当に毎日ありがとー」


 千歳は支度をしながら朝ごはんを貪り食う。


 千歳の反対側に座る法梅はよくある光景だと言わんばかりにパソコンをいじりながらのんびり朝ごはんを食べる。


「あっ!そう言えばいい物件見つかった?」


「うーん…あるにはあるんだけど、やっぱり安ければ安くなるほど『訳あり』って感じの物件が増えて来るんだよねー」

「あっ、でもね、1個めちゃくちゃ安くてここからも近い物件見つけたんだよね」


「へー?どんなところ?」


「今そっちにURL送っといたから、あとで時間ある時にゆっくりみなよ。あ、食器はそのままでいいから先に洗面所使っちゃって」


「了解でーす」


 千歳は洗面所に入っていた。


 ○

 大学1年生の夏休みに入ってから法梅と千歳は共同生活を始めた。

 法梅がもっと家賃を節約する方法はないのかと千歳に打ち明けたら、千歳がっしょに住めば良いのでは?と提案してきた。

 結局それが法梅にとっても、千歳にとってもそうやら最適解だったようで、今もなお1年近く一緒に住んでいる。

 家賃は一人当たり4万円をゆうに下回り、光熱費、食費込みでも10万円を下回ることが増えた。

 とはいえ最初の頃は慣れない共同生活に戸惑いもあり改めて自分の家族内の常識がいかに他の家族にとってとんでもなく、いやらしいほどの非常識なのかを痛感した。

 今ではある程度千歳との距離感も掴めて上手くやりくりしているが多分、私と共同生活を送っていなかったら千歳はもっと凄惨な生活を送っていたと思う。


 千歳は芸術的なセンスや、総合的な学習面では他の誰よりも圧倒できるような知識を持っている。

 それ以外はからっきしダメで、柔軟剤と洗剤を入れ間違えるし、料理なんてレシピ通りに作ろうとしても彼女の手にかかれば『芸術的な』作品になってしまい、とても食べれそうにない代物が出来上がる。


(これからもちーちゃんと過ごすのかなぁ)

(ていうか私がいないとちーちゃんも生活できないからねぇ)


 法梅たちがブチ当たったっている今一番の問題とは、「新居探し」である。

 千歳たちが借りているマンションはそれなりに古く、歩くと床が軋み、雨の日に年季の入った木の壁からは正体不明の汁が滴り落ちる。

 だから、『取り壊す』という通知が大家さんからきた時はそりゃしょうがないと感じた。むしろ、今までこのまま放置していたことに対しての怒り意すら湧いてきてしまった。


 とりあえず、新居の条件としてとにかく安く、ここから近いところを探していた。

 そこで偶然見つけたのが『子西荘』であった。

 築50年を超えるがリフォーム済みで物件の写真を見る限りとても綺麗だった。

 家賃は8万円と書いてあって他の物件を見ようかと考えたがやめた。

 なぜならそこにはよく見たら光熱費、食費込みと小さい文字で書いてあったからである。

(なんで食費込みなんだろう?アパートなのに…)

(気になるし連絡とってみようかしら?)


 ○


「行ってくるねー!!」


 千歳が大急ぎで支度を終えて玄関に猛ダッシュして行った。

 今日は深い緑色のカシュクールワンピースにでっかい鍔の帽子をかぶっていた。

 千歳はどんなに急いでいても服のセンス、着こなし方は半端じゃないほど素晴らしい。私も見習わなければならない。


「いってらっしゃーい。気をつけてねー」


 バイトに急いで向かう千歳を見送って、1人きりの朝が来た。


(さぁーて、新居探しすっかー)

 法梅はパソコンに向かった。

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