第6話 その少女は未来を想像する 2
広々とした病室の中に1人ポツンとベットの上に横になっている女性がいた。
身体を起こすのすら辛いのか、こんなにもいい天気なのに横たえていて、そこから見える景色は多分真っ青な空くらいだろう。
音もなく病室のドアが開く
「来たぞ。」
「にしても地元はあったかいな。東京は昨日から雪降ってるぞ。これで風さえなければなぁ」
男は来るなりその女性の横に置いてある椅子に座った。
「もうあんたとこうやって話せるのもきっと片手で数えられるくらいなんだろうねぇ」
その目には微かな光しか灯っておらず、顔からは一切の希望が感じられない。
「縁起でもないこと言うなよ。そんな変な心配ばかりするから寿命が短くなったんじゃないか?」
「そうね。どっかの誰かがずーっとやんちゃでどうしようもない餓鬼で私に心配かけ続けさせたからそのストレスで短くなってしまったのね」
「ふん」
成坂は鼻を鳴らしてそっぽをむく。
こんないつも通りの調子ならわざわざホスピスに行くまでもなかったなと呆れてしまう。
「でもほんとに、俺は香子さんに出会ってから俺の人生は大きく変わってしまったね」
「そうねぇ、母も喜んでいるんじゃないかしら?」
成坂は黙ったままだった。
成坂が見舞いついでに香子が欲しいと言っていた数種類の果物のうちのみかんを手に取りゆっくりと皮を剥く。
「本当に、人生って言うもんは最後まで何があるかわからないからねぇ」
「きっと昔のあんたじゃ今のこの姿、想像できないと思うしね」
「だからこそ、今でもつくづく思うのは命を自分で消すような愚かなものには、この何があるかわからない楽しさが伝わらないんだろうねぇ」
随分と痩せこけて骨と皮だけになったその手でみかんを小さく口に放り込む
「香子さんには頭が上がらないさ」
「本当に、今までありがとう。こんな俺を育て上げてくれて。俺はこれ以上の感謝の言葉が見当たらない」
「何言ってんの?『これからもよろしくお願いします』でしょ?まだまだ私はあんたの保護者なんだから。これからは見てる場所は違うけども、ちゃんと見張っているからね?覚悟しておきなさい!」
本当に病人なのかと思うくらいの啖呵を成坂に切って成坂の手を思いっきり握った。
けれどもその香子の手は成坂からするりと抜け落ちた
「やっぱり、…病人なんだなぁ」
香子は今にも泣き出しそうだった。
「この前言った、家業のこと、よろしくね」
—ああ、もちろんさ
「この家業を継いで貰うために色々あんたには教え込んだんだから」
—今考えると、全てこのためだったんだな
「だけど心配しないで。あなたには素敵で、心強い寮生を惹きつける能力があるはずだわ」
—そんなこと言われると急に心配になるよ
「大丈夫。私はいつまでも貴方の味方なんだから」
—ありがとう
「死ぬのは怖いか?」
縁起でもないと思って聞いていなかったが、成坂がふと気になってたことを聞いてみる。
「別に?怖くなんかないね。波と一緒さ。岸や砂浜に当たって海の一部に帰る。今まで何億年も同じプロセスで行われてきたんだから、怖くはないさ」
香子の顔はもうすでに覚悟ができていると言ったような顔であった。
成坂は純粋にそんな覚悟ができる姿を尊敬していた。
「——いつかは当たって海に帰る、か。」
その数時間後、香子は安らかに息を引き取った。その姿は最後まで美しく、逞しく、威厳が骸になっても存在していた。
○
「決めました!」
ボーとしていた成坂を呼び戻すかのように声を出す。
「私、小西荘に入寮します!」
「は?」
成坂は彼女の発言に対して理解が及ばないような表情で彼女を見る。
「だから、私、
「えぇ…」
成坂が懸念していた一番のことがそのまま起きてしまったので、成坂は自分の運の無さに項垂れてしまう。
拒絶しようかと思ったが特に断る理由もないし、断ったら断ったで面倒なことになりかねないので成坂が折れた。
「はぁ…わかったよ。とりあえず3月の第3週に荷物を小西荘に置きにきてくれ」
「うわーい!!!!!!!!!成坂さんなら絶対に、ぜったいに入れてくれると信じてました!」
連雀は成坂の腕に思いっきりしがみつき、溢れんばかりの愛をそのまま体で体現している。
「ちょ、や、やめろ!!ここは公衆の場だぞ!恥ずかしいからやめろ!」
成坂は耳まで真っ赤にして幼馴染の愛情表現にドギマギしていた。
「えぇーっ?成坂さん冷たくないですかぁ?あ、でも、てことは家の中ではイチャイチャしてくれるってことですかぁ?」
連雀は勝ち誇ったとも言わんばかりの偉そうな顔を成坂に向ける。
「アホなことを言うな!家でもイチャイチャするつもりはない!」
——絶対にこの未来を勝ち取る。もう未来は君でしか描けれない。
だから、私はその胸のうちに収めてきた夢物語を現実にするために
小さくてとっても大きな勇気のいる1歩を踏み出そうとする。
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