第5話 その少女は未来を想像する

(よし、後はとりあえず1週間分の食料を買い今どきゃどうにかなるかな?)

 大学を休学してから、友人やバイト先のつてを辿って、プログラミングの設計と基礎的な構築をかなりの小規模で行なってなんとか食い繋いではいるが、それでも十分とは言い難い給料しか手に入らない。

(本当に、高校時代からコツコツプライベートでいろいろ学んできた甲斐がやっとここ最近発揮されてきたな…)

 地頭の良さと高校時代に培ってきた無駄な技術が今になって生かされているなとつくづく感じてしまう。


 ○


 ある男を見つけた。

 私の身体は論理的な思考を生み出す前に動き出した。動くまいと自制をかけようとしても言う事が効かない。

 いつか別れてしまってもう出会えないと思ってすらいた。

 どれだけこの奇跡を1人で寂しく願ったことか。けどその奇跡はもう目の前に存在する。

 その奇跡をもう2度と逃がさないために男の腕をありったけの力で掴む。


「なるさかく〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!!!」


 そう、成坂の腕に


「ちょっ!!お前!!なんでここにいるんだよ!!!」


「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い」


 その少女は人類にはまだ早かった意味不明な奇声をあげながら動物園の猿かのように成坂の左腕から離れることはない。


「なるさかくん!!!もう私は二度と会えないと思ったんですよ!」

「この2年間と1ヶ月と14日とっても辛い日々を過ごしましたっっっっっ!!」


「はぁ…」


 鳴坂は相変わらず変わらないなと感じながらその少女の話を聞き続ける


「ところで、成坂さんはなんでこっちに戻ってきたんですか?少なくとも1週間は地元にいるようですけど」


「お前、食品の量だけでよくわかったな…」


「そりゃーそうですよぉ?私は将来的に成坂くんのお嫁さんになるんですからネッ⭐︎お嫁さんとして最低限のことはできるんですからねぇ」

「そんな尊敬の念を示すくらいなら早く私のプロポーズに首を縦に振ってくださいませんか??私はいつまでも待ち続けてるし婚姻届ももうすでにほとんど書き上げて後は親類の承諾のみとなってるんですよ?」


「お前の親ってそんなにノリよかったっけ…」


「ちがいますーー!!私も、私の両親もどちらもふざけてなるさかくんと結婚するようなチャラい家族ではありません!どちらもいたって本気で、本当に真面目な話なのです!!」


 この少女は成坂が物心ついた時からこんな感じなので別にドキドキするわけでもないし、特に嬉しくもない。

 けれども、数年ぶりに出会う幼馴染は本当に成坂の乾いた心を少しではあるが潤してくれた。


「そうか。そりゃありがとな。またどっかで会ったらなんか奢ってやるから楽しみにしとけ。じゃ」


「じゃーねーっ!!って、もーっ!なるさかくん!私はそんな話をしてるんじゃないんです!」

「なるさかくんがなんでこっちに戻ってきたかを聞きたいのですよ?」


「そ…それは」


 成坂は内心困っていた。どうせこいつに寮のことをやってるなんて言い出すとほぼ確実に成坂の寮に入ると言い出すであろう。

 別にそれは問題ないのだが、寮の中でべったりくっつかれて他の入寮生に変態呼ばわりされるのが困るのであった。


「もしかして、あそこの寮のオーナーでもやってるんですか?」


 まだ別に成坂は正解を言っていないのにその少女の目は輝いていた。


「えっ!えっ!えぇぇぇえええええええええええ!!」

「あんだけもうあの家業を継ぐつもりがないのかと思っていたそんななるさかくんが、まさかあの家業を継ぐだなんて…私は…とても衝撃を受けています…」


 こう言う時に謎の本能的な感が冴える奴は地球上で1番と言ってもいいほどにタチが悪い。

 けれども、ここでああ、そうだと認めるにも何か癪が障るので


「ま、まさかぁ?誰があんなところを継ぐのかね?少なくとも俺はたまたま暇になったからこっちに帰っってきたわけで家業を継ぐってわけじゃないからな?」


「ダウトですねっ!」

「こんな『将来的な妻』を前にしてそんなちんけな嘘が通じるとでも思ったんですか?」

「これじゃあ私の将来的な夫の失格にもなりかねませんよ!いいんですか?」


(パートナーに上手な嘘を求めてどうすんだよ…)


 成坂の懸命な嘘も虚しくすぐにバレてしまった。


「ああ、もう!なんでこういうときに限っておまえはそんなに勘が当たるんだよ!」


 ○


「ふふーん、どうでしょう?この『将来的な妻』として、一番愛している人間の心のうちを探ると言うのは至極真っ当な行為だと思いますけど?すごいでしょ?これから私のことは名探偵と呼んで欲しいくらいですね!」


 買い物を済ませて少しその少女と休憩がてら自販機で買ったジュースを飲みながらベンチに2人で腰掛ける。


「けど…やっぱりとっても意外です。まさかあんなに嫌がっていたあの家業を継ぐだなんて…」


「まあガキの頃に持ってた夢なんてコロコロ変わるからな」

「大人の階段を登っていくごとに俺たちは着実に夢から冷めていくのさ」


 成坂のその横顔はいくつもの諦めや葛藤の苦しさが現れていた。


「けれども、やはり母親の影響は大きいかな?」

「本当に大切なものは失ってから気づくんだなって今になってつくづく感じるよ…」


 成坂は持っている暖かい缶コーヒーの側面を優しく撫でる。

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