第4話 その少女は過去を知る 2

 「その…ハルちゃんには会えることはできるのでしょうか?」


 成坂ははぁと一つ短いため息をついてこう短く答えた


「申し訳ない。俺の家族はもう誰1人ともいないんだ」


 その表情はとてつもなく辛い顔をしていた。

 なんの執着もなさそうな、そんなだらしないような男が、こんな表情をするなんて。

 出会ってまだほんの少ししか立っていないのに衝撃を受けた。


「そうなんですね…野暮なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした」


「まぁ、そんなこともあるさ。またいつかここに入りたいと決心したらここの紙に書いてある電話番号に連絡してくれ。俺はいつでも受け入れる準備をしているからな」


「「ありがとうございます」」


 ○

 いつの間にか西の空は赤くなり始め、祖母が夕食の支度をしなければならないということで祖母は感謝の言葉を何回も成坂に言いながら2人は寮を後にした。


 成坂は2人を玄関まで送り出して、互いが見えなくなるまでそこに立っていた。

 その顔は優しい笑顔だった。

 その日が司が初めてみた成坂の笑顔であった。


「ねぇおばあちゃん、おばぁちゃんって高校時代にあそこの寮に下宿していたの?」


 その衝撃がさえやらぬ間、司は祖母に聞いた。


「そうさぁ、私はあそこの寮にすんでいたのさぁ。それはそれは…とっても楽しい時間だった。いろんなことを学んだ。いろんな辛さも味わったのさぁ。一番辛かったのは『家族』だろうねぇ」


 祖母はまっすぐずっと先の空を見上げていた。その横顔を見ながら司は並んで横を歩く。


「家族?」


 祖母が少し不思議なことを言った。確かに家族と離れ離れになるのはとても辛かったのかもしれない。


「そうさぁ、やっぱし、あの寮で過ごした『家族』と離れ離れになっちまうのはとっても寂しいことであったなぁ、みんな、それぞれ方法は違ってもある一つの目的に必死こいて過ごしてたからなぁ…」

「まぁ、司もあそこに下宿すれば、否が応でも感じることになるさぁその大変さ、愛を受け取らせるっちゅうもんは伝える以上に大変だからなぁ」


「あの成坂っていう名前の人はどうだった?」


「そうだなぁ…初めてみた時は本当にここで寮をやってるのか不安になったけどねぇ…」

「だけどさぁ、色々彼と話しているうちに、気が付いたんだぁ。嗚呼、やっぱり小西家の血を継いでいるんだなってな。やっぱし、話し方とかもほんの少しの動作も全部清一さんににていたからなぁ」


「ふーん」

 司は祖母のその話を面白そうに聞く。


「司がどこの下宿先にしようとも、あたしゃ気にせんけども小西荘、あそこは間違いなく楽しい3年間になると思うさぁ」


 そんな話をしながら2人で並んで歩いた2月の中旬だった。

 冷たいけども、優しい風が司の頬を伝わる。

 神様がこの出会いを歓迎しているようでもあった。

 地元じゃ絶対に感じられない風だ。



「ふーん…家族ねぇ…」


 司は考えた。正直いって家族という形に実感がない。多分それは自分が常に家族というものと関わっているからだと思う。

 新たな家族という関係を築き上げたらきっと自分の知らない世界が見えてくるのかもしれない。自分だけ、たった1人の心の奥底にしまいたいような記憶が出来上がってしまうのかもしれない。

 けれどもそれがどう転がろうとも司にとってそれはいつかを生きる糧になるのは間違いない。

 そう考えると祖母が連れてってくれたあの小西荘というところも悪くないのかもしれない。

 祖母が言っていたその『過去』を知った。

 その『過去』を未来に生きるための自分の土台としたい。



 そうして、私は小西荘の電話番号を押した。

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