第2話 母からの置き手紙

『前略


 お久しぶりです。あなたの母である子西 香子きょうこです。


 ほとんど毎週顔を合わせる人に当てて書く手紙はなぜか少しこそばゆいような、言葉では言い表せない感情が渦巻いてしまいます。

 手紙でしか愛しい息子に一方通行の言葉しか伝えることができいないだなんてとても不憫で仕方がありません。


 さて、そんな私の愚痴は置いておいて、この手紙ではこの「子西荘」を再び始めるためのいくつかわかっていてほしい事項を共有させていただきます。


 まず最初に、布団のことでしょう。

 そうですね。布団はいくら探しても見当たらなかったと思います。布団は祖父母の部屋に10人分おいてあります。布団は使うと思うので各の部屋の押し入れに綺麗にいれておいてください。寝具を綺麗に使うということは立派な人間に成長するためのとっても大事な第一歩です。くれぐれも寮生にも忘れずに口うるさく言ってあげてください。そうすれば、いずれ貴方の元を離れる時には立派な存在となっているはずです。


 さて次に、祖父母の部屋の話ですね。

 実は祖父母の部屋は鍵がかかっています。

 理由はいくつかありますが、強いて上げるとするならば「思い出」です。

 くれぐれも家族としての思い出を忘れないでください。

 もうわかったと思いますがこの手紙と一緒に同封されていた鍵はこの祖父母の部屋のものです。一つは貴方のもの、もう一つは貴方のもとにいつか訪れる大切なパートナーのための鍵です。


 祖父母の部屋に関しては幾つか私と約束してもらいたいことがあります。

 一つは絶対に貴方と貴方のパートナー以外入れてはならないということです。

 貴方がこの部屋を完全に開放してしまうとこの家にはプライバシーというものがなくなります。きっと成坂にも隠したいものが山ほどあるはずですからそういう秘密の守れる場所が欲しいと思います。

 そういう場所にしてもらいたいです。秘密を守る場所、祖父母の部屋。もとい、貴方といつか来たるパートナーのための部屋。


 さてここからはこの寮に対しての心構え的なものを書いていくので気を引き締めて。


 一つ目は「家族」の話です。

 一つ屋根の下で住んでいる寮生は必ず家族として接してください。

 ただでさえ家族の愛に飢えてる年頃ばかりの子たちが入寮してくるはずです。

 家族と離れ離れになるのは相当の覚悟がいるはずです。

 貴方もそうだったでしょうし、私ももちろんんそうでした。

 そんな子達に無償の愛を提供してあげてください。

 愛の提供方法は簡単です。ごく普通のことをしてあげることです。当たり前で毎日見るようなものほど愛情に満ち溢れてるものはありません。愛情というものは常に当たり前の行為から発生します。失われた時にその無限の愛情を感じることになるのです。


 二つ目は些細なことを大切にしてください。

 ジャネーの法則にもありますが20歳までの人生の価値というものは20歳から80歳までの価値と同等と言われてます。全てのことが新鮮に見えているのでしょう。初めて行うイベントや行為は絶対に忘れることなく頭の脳裏に焼きついているはずです。

 けれども私たちがするべきことはそういうでっかいイベントなどではない。多分そういうのは寮生たちで勝手に私たちが知らない間に山ほど経験していきます。私たちがするのはいつもの日常です。夜遅くまでテレビを見たり、くだらないことで喧嘩したり、馬鹿馬鹿しいことを本気でやってみたり、テスト直前にみんなで必死こいて暗記したり…あげたらキリがありませんがそういうことです。ありふれているものを大切にしてください。


 三つ目は「絆」です。

 どんなことがあっても以下のことは絶対に忘れてしまわないようにしてください。

 家族の絆というものは貴方もつくづく感じているでしょうけどとても簡単に切れて行ってしまいます。そんな離れ離れになってしまったらすぐに周りから姿を消してしまいます。

 連絡先や記憶を留めておくためのものなんてもっと意味がありません。

 そんなものはちょっとしたはずみでどこかに隠れていってしまいます。

 私はあんな形で家族が引き裂かれて行ってしまうのを見たくはありません。

 だからくれぐれも、

 大切な家族をひとかけらでも失わないようにしてください。


 寮をやるのが心配になってしまいましたか?

 大丈夫。

 貴方1人が全てを負う必要はありません。時には仲間、家族の力を借りたっていいのです。家族の力を信じてください。

 家族の力は貴方が想像している以上に強力で、少し複雑です。

 だからそんな強大な力を決して誤用してしまわないように。


 成坂には本当に申し訳なく思っています。

 いつの間にか貴方の周りの大切であろう人間は運命に連れ去られ貴方より遥か先に行ってしまう始末。最後に私だけでも貴方と一緒に歩める大切な母親でいたかった。

 けれども運命というのは非情で私もそんな運命の1人になりかけてしまっています。

 ほんとうにごめんね。

 もっともっと貴方には連れて行きたい場所、一緒に過ごしたい時間がありました。

 悔やんでも悔やんでもどうしようもありません。

 貴方はそんな後悔をしないように大切なパートナー、そしていずれ作るであろうその家族との時間を大切にしてください。


 寮生活は多分大変なはずです。

 私も大変でした。

 けれどもいくつか学んだことだってありました。

「幸せ」を嫌というほど感じる羽目になるでしょう。

 その「幸せ」を絶対に見失わないで。絶対に掴み取って。


 上から応援しています。


 早々


                                                               子西香子』

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