第14話
翌日、薊との約束の集合場所を秘密基地にしていた俺は、昼前には雑居ビルに到着していた。今日は7月にもかかわらず、晴れているのに風が冷たい日だった。
何もすることが無かったため、少しだけ勉強に勤しんでいると、秘密基地の扉が開く音がした。
「こんにちは。休みの日でも勉強しているなんて真面目ね」
「おう、一応受験生ってやつだからな」
入ってきた薊は…まあ、なんというか顔面でカバーしたなって格好をしていた。流石自分でも言う程のことはある。
「木葉くん。…わ、私の服装はどうかしら」
「顔面でカバーしたな」
「素直に喜べないわね…」
「まあ、服なんてそれなりの着ちまえばどうとでもなるだろ」
…俺もよくわかってないんだけどな。
「とりあえず俺が行ったことあるショップ行くか。俺も買い物したいし」
「…お世話になります」
なぜこいつは服を買いに行くだけなのに緊張しているのか。らしくない薊を連れて秘密基地を後にした。
⭐︎
向かったのは街にあるオーナーの友達が経営しているセレクトショップだった。俺もだいぶ世話になっているし、おそらくここならば大きく外すことはないはずだ。路地裏にあってなんかめっちゃオシャレ感があるしな。
「…ついたぞ」
「…もしかして、ここがお店?ショッピングモールとかじゃなくてこういう本格的なところなの?…は、はいった事がないわ」
…なんでこんなにビビってんだよ。こいつ道中一言も喋らなかったぞ。
「なんかやりづらいから堂々として貰っていいか?別に服買うだけだろ」
あわあわしている薊を引っ張り、俺は入店した。カランコロンとドア鈴が控えめに鳴っていた。
「うーす。牧さん瓜生です」
「おー!このはー!久しぶりーまたデカくなったか?」
「わかんないっすけど、デカくなったんじゃないですか。それより、店見させてもらいますね」
「見てけ見てけ!先週買い付け行ってきたから、そこそこ在庫増えたぞー」
そう言ったこの人は牧さんだ。ここ【Ghost】の経営をしており、見た目はオーナーの友人ということもあって近寄り難いが無害な人である。
牧さんとの会話を切り上げ、なぜか放心状態の薊に声をかけた。
「薊。とりあえず適当に見ていいから。戻ってこい」
「このキラキラ空間に圧倒されていたわ。ごめんなさい」
正気に戻った薊は、おずおずと店内の服を見始めた。少しここはハードルが高かったようだが、なんとか持ち直したらしい。そんなこんなで二人で店内を見ていると薊からコソコソと声がかかった。
「…木葉くん。非常に申し上げ難いのだけれど、予算オーバーよ。…私聞いてないわよ、なんでTシャツが2万円もするのよ…。布じゃない…」
…あー、予算のことを考えてなかったな。俺はオーナーから刷り込みを受けているからこんなもんだと思っているが、冷静に考えればここは本来学生に手が出る店じゃないのだ。
「完全に失念していた。すまん」
「いや、私こそごめんなさい。折角連れてきて貰ったのに…そして貴方、何持っているの?」
「バゲットハット。これ欲しかったんだよ。買ってく」
「それ、すごくいいわね…。でも、い、いちまんろくせん…」
うーん…と悩む薊を見て首を傾げていたが、その時牧さんから声がかかった。
「…それ、前のシーズンのやつだから二個買ってくれるなら半額にするよー。初々しいねえ、おじさん声かけづらかったよー」
「牧さん、いいんですか?」
「いいのいいの。この前、君んとこのボスからだいぶご馳走になっちゃったからー」
「じゃあ、買わせてもらいます。いつもすんません」
「あ、ありがとうございます…」
「こちらこそだよー。彼女も、今日は彼にプレゼントしてもらうといい」
「え、えっ!」
「…まあ、教科書代だ。気にすんな」
どっちにしろ払おうと思っていた金額なので、サッと会計を済ましてしまう。こいつには、だいぶテキストやら貰っていたしな。
洒落た紙袋に一つずつ入れられた品を受け取り。一つを薊に押し付ける。
「合格させてくれよ?」
「も、もちろんよ。…本当にありがとう。大切にするわ」
遠慮がちに紙袋を受け取り、余程嬉しかったのか目を細めて笑った。
その顔を向けられると、さっきまで涼しかった店内が、熱くなったような気がした。
「このはー顔真っ赤じゃないか。童貞かよー」
「うるさいっすね!また来ます!」
居た堪れなくなったので、さっさと店を出ることにした。
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