第11話
軽くシャワーを浴び、少々殺風景な自室に戻ると先ほどの事もあってか、なかなか眠る気になれなかった。
真っ暗な中スマホで暇を潰していると、こんな時間なのにも関わらずバイブレーションが震えた。着信画面にはオーナーの文字が見える。
億劫になりながらも、7、8コール目で電話に出た。
『…もしもし。お疲れ様です』
『お疲れ。こんな時間に悪いな。今ちょっと街の方にいるからお前、出てこい』
『はあ、眠れなかったんでいいっすけど。…ちょっと時間かかりますよ?』
『タクシー代は領収書切って来い。じゃあ待ってっから』
言いたいことだけを簡潔に伝えられた後、ピッと電話を切られてしまった。
「…行くしかないな」
呼び出しがかかった、と言うことは何か話があるんだろうと思い俺は登録されているタクシー会社の電話番号にコールした。
⭐︎
自宅で準備を済ませ、タクシーで繁華街に向かうと、オーナーからのメッセージに気がついた。バーにいるとの事なので、そのバーが入っているビルの名前をタクシーの運ちゃんに告げた。
8階建てのビルの最上階に位置するのが、オーナーの行きつけのバーだった。入りにくい雰囲気のビルのエレベーターを登り、バーに入店するとカウンターに近寄り難い見た目のオーナーが腰をかけていた。
「すんません、お待たせしました」
「おう悪いな。…マスター、奥のボックス席使わしてもらうわ」
マスターは手で奥の席の方を指し、席を促した。
オーナーと向かい合ってボックス席に深く腰をかけると、オーナーは懐から出したタバコに火を付け、煙を吐いた。上を向いて煙を吐いたため、オーナーの首元に描かれた狼と目が合った。
「…まあ、なんか飲めよ」
「…いただきます。ところで、今日はどうしたんすか?」
「お前、これから受験だなんだで忙しくなるだろ?最後にゆっくり飲みたくてな」
「最後って、別に付き合いますよ」
「まあ聞け。…お前には、色々と悪い遊びを教えたな。これから真っ当な道に行くなら、今日で最後にしとけって事だ」
そう言ったオーナーがまた煙を吐くと、ロックと水割りのウイスキーが運ばれてきた。グラスを受け取った俺たちは何も言わず、杯を合わせた。
「まあ、言うほど悪い遊びもしてないんすけどね。オーナーが言うなら、今日で最後にしますよ」
「その辺のガキが、こんな所に来るかよ」
オーナーが口角を上げそう言った。いつもむすっとしているが、今日は機嫌が良いらしい。
「店の事なんだけどな、お前は高校上がったら系列の居酒屋で働け。正式にバイトで雇ってやる。勿論正式なやつだから、時間は限定されてるからな」
「わかりました。何から何までありがとうございます」
その後、俺たちは他愛もない話で笑っていると、マスターからの店仕舞いの声がかかった。
オーナーが会計を済ませ、ビルを出ると季節柄か空が白み始めていた。
「今日は済まなかったな。俺はまだ飲んでくから、お前は適当に帰れ」
雑に茶色の紙幣を手に握り込まされ、オーナーは街に消えていった。俺もそれを見送ると、一台停車しているタクシーの窓を叩いた。
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