第10話

 コンビニで温い缶コーヒーを購入した後、俺はいつもより早く家に向かっていた。この時間なら婆ちゃんも起きているだろう。そんなことを考えていると、いつの間にか玄関の前にいた。


「…ただいま」


 玄関から伸びる廊下をそっと歩き、古くなった居間の襖を開けた。灯りがついているから、まだ起きているらしい。


「おかえり。こんな時間に家にいるなんて珍しいじゃないか」


 婆ちゃんから挨拶を返された。


「婆ちゃん。話があるんだ」


「帰ってきていきなりなんだい。…まあ座りなさい」


 婆ちゃんは昔から物静かな人だ。偏屈と言われればそうなんだが、俺はこの人の事をそう評せるほど、この人と関わってはこなかった。血の繋がりが無いにも関わらずこの家に居座ってしまっている負い目を、もしかしたら感じていたのかも知れない。


 促された通りに俺は居間の座布団に座った。


「…高校に行こうと思うんだ。…だから、もう少しだけ…この家に居させてもらえないかな」


 うまく喉から言葉が出なかった。カチカチと時計の音が大きく聞こえる気がして、気まずさから逃れるようにそちらに目をやった。


 はあ…、と小さくため息を吐くと、婆ちゃんが口を開いた。


「何を畏って言うかと思ったら、私は当然高校なんて出してやろうと思ってたよ」


 呆れたように言った。


「…木葉。あんたは他人と思っているかもしれないけどね、私はあんたを孫だと思っているんだよ。…ここはあんたの家なんだから、出ていきたいと思うまで居ていいんだ」


 そう告げられて、俺は久しぶりに婆ちゃんの姿を目に入れた。その姿は小さいのに、確かに大きな存在感があった。


「…婆ちゃん、ごめん」


 今まで迷惑をかけた事なのか、これから迷惑をかける事なのか、それとも今まで他人だと思っていた事なのか、自分でも何に対して最初に謝るべきなのかわからず、ただ謝罪の言葉が口から滲んだ。


「そんなに大きくなって、何を泣いているんだい…」


 目を拭うと確かに袖には染みができていた。


「…いや、ごめん、なんか出てきて…」



 少し落ち着いたら、テーブルの上に温かいお茶を差し出された。


「私もね、申し訳ないとは思っているんだ。あんたに関わってやれなかった事、孫にそんなことを言わせてしまったこと」


「…いや、俺も今までごめん」


 お互いに暗い表情をしていると、婆ちゃんが口を開いた。


「…それで、あんたどこの高校行きたいんだい」


「…南守」


 予想以上の名前が出てきた事に驚いたのか、少しだけ目を見開いた後、言葉をかけられた。


「…あんたが決めた事なら、やり遂げなさい」


 厳しくも優しい言葉をかけられた。

 なし崩し的に受験する事になったが、決意というものは、意外にも後からついて来るものらしい。


「今日はもう遅いから、風呂入って寝な」

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