第9話
藤さんもようやく泣き止み、鼻を啜りながら口を開いた。
「次は…ズズッ…私の…番だな」
「まだ続けるのかよ」
「もちろんだ!」
完全に元気を取り戻し、飽くまでも続けるらしい
「…皐月。もう遅いし、そろそろ解散にしましょう。目腫れてるわよ」
薊が腕時計を確認しながら、そう言った。
「残念だが…そうする!」
今日は解散となるらしい。今日は色々疲れたから助かる。
「貴方は、今日はアルバイトはあるの?」
「今日は店休日なんだ。このまま帰る」
「そう。それなら私たちを送りなさい。夜道を女の子二人で帰らせるつもり?」
そんなことを言われた。また何かあった時気が引けるので俺は渋々了承した。
「…真っ先に補導されるのは俺なんだけどな」
「瓜生くんが送ってくれるのか!心強いな!」
帰り支度を済ませると、俺達は秘密基地の雑居ビルを後にした。外に出るともう夏だというのに少し冷たい風が肌を撫でた。寂れた雑居ビルの周りは、少し暗めの街灯が黒いアスファルトを照らしているだけだった。
話を聞くと薊と藤さんの家は近いらしく、ここから30分くらい歩いたところの高級住宅街にあるようだった。
「夜の散歩みたいで楽しいな!」
藤さんが、無邪気にそう言った。俺も夜一人で出歩くようになった頃は、そんな感想を持っていた。
「もう遅いのだから、あまり大きな声を出さないの」
薊が藤さんの声を咎めた。はーい、と気のない返事をしている様子を見て、このやりとりは二人にとっていつものことの様だと感じる。
「木葉くん。…今更こんな事を言うのもなんだけど、迷惑じゃないかしら」
薊は珍しく自信のなさそうに言った。
「迷惑だったら、とっくの前に追い出してんだろ。…今はちょっとやる気になってんだ。俺を合格させてくれんだろ?」
「もちろんよ。その代わり、一番頑張るのは貴方よ」
覚悟しなさいと、彼女はくすくすと笑った。いつものこいつらしい調子に戻ったようだ。
「お手柔らかに頼む」
俺も人生で初めて前向きに何かをする決心がついたのかもしれない。
そんな俺たちのやり取りを見て、藤さんが茶化してくる。
「むっ!なんかいい雰囲気になっているな!私も協力するんだぞ!」
他愛のないやり取りをしていると、閑静な高級住宅街のエリアに足を踏み入れた。この雰囲気は、どこか居心地が悪い。
「ありがとう。もう家も近いからこの辺でいいわ。帰ったら復習しておくこと」
「わかったよ、気い付けて帰れよ」
「瓜生くん!また秘密基地に行くからな!」
二人が手を振りながら帰路に着くのを確認して、俺も自宅に足を向けた。
「…寒っ。コンビニ寄ってから帰ろ」
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