第3話

「貴方、勉強道具は持ってきたの?随分軽そうな鞄だけれど」


 秘密基地への道中。俺のペラペラの鞄を見てそんな質問をされた。


「…?…持ってきてないが?」


「昨日勉強するって言ったわよね?南守に来るんでしょう?」


 …俺は言っていない。捏造である。


「俺は了承したつもりはないぞ」


「はあ、まあいいわ。私が中学生の頃使っていたテキストを貸してあげるから、明日からは勉強道具を持ってくるのよ?貴方の学校の教科書とかがないと、進行具合もわからないもの」


 言ってもわからないような子を扱うように薊は言った。


「やるって言ってないだろ、南守なんて俺に入れるわけない」


「進路はどうするのよ?」


「…そういうのは後で考えれば良いだろ。なるようになる」


「じゃあ、南守でいいじゃない。私、貴方を後輩にしたいわ」


 …お願いよと、真っ直ぐに、彼女はそう言った。


「…落ちたら諦めろよ」


 断ろうとしていたくせに、口を吐いて出た言葉は自分でも不思議なものだった。


「安心しなさい。誰が教えると思っているのよ」


「変な女だろ」


 自信に満ち溢れた笑顔をする彼女を見て、内心の照れを押し殺すように言葉を吐き捨てた。



 ⭐︎


 秘密基地に着くと荷物を下ろし、ソファに腰掛けた。薊はがさがさと鞄を漁り、目の前のテーブルへ大量のテキストを積み上げた。


「さあ、始めましょうか。まずは何の教科が良い?数学?英語?」


「…どれもやりたくない。…多すぎるだろ」


 早々に、心が折れ掛けた。


「まずは、実力を測るために軽くテストをしましょうか」


 やる気の削がれた俺の言葉を無視するように、彼女は言った。何故こんなに生き生きとしているのだろう。


「…せめて30分くらい休憩してからにしないか?」


 わかったわ、と言いながら彼女は了承した。


 ____15分後


「さあ、始めましょうか」


 …この女は時計が読めない子なのだろうか。


 話が通じなさそうだったので、嫌そうな顔をしながら渡された問題を解くことにした。意趣返しのように、最高の嫌そうな顔をしてやったが。


 ⭐︎


 問題も解き終わり、ぐったりしていると採点も終わったのか薊はこちらを向いた。


「…絶望的ね。不良っぽいけど意外と頭が良いというギャップもなかったわ」


 酷いことを言われた。


「無理だって言ったろ。あと、不良じゃない」


「その見た目では無理があるでしょう。私、最初怖かったもの。体大きいし」


 あの日貴方が中学生だって刑事さんから聞いた時が、一番びっくりしたのよと揶揄うように言われた。


「男はでかいに越したことはないって、オーナーが言ってたぞ」


「…セクハラ?あと誰よオーナーって」


 じとっとした目で見られた。セクハラが何の事なのかわからないが、とりあえずはあ?という顔でやり過ごす。


「誰でも良いだろ。それで、諦める気になったか?」


「諦めないわ。この程度なんとでもなるもの」


 自信満々に薊菊花はそう言った。

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