第2話
毎日ここに来るからと薊は言い、彼女は満足したように秘密基地を後にした。当然抵抗はしたが、聞こえていたのかはわからない。
面倒なことになったなと思ったが、そのうち飽きて来なくなるだろうと高を括っていた。飽きるまでこちらが耐えればいいのだ。
「バイト行くか」
夕暮れになり秘密基地を後にした。
⭐︎
俺は中学生ながらもアルバイトに励んでいる。ちょっとした小遣い稼ぎだ。もちろんこんな身分の人間をまともに雇う場所なんてまともな場所じゃないが。
いつも通り近くの繁華街に移動し、キラギラと光るネオンが目を引く建物に入った。
「おはようございまーす」
働き始めてそろそろ1年になるが、夜の世界で最初に教えられた通りの挨拶をしてバイト先の扉を開いた。
「木葉ちゃんおはよう」
挨拶を返すのは、この店『ラウンジK』のママである久美(源氏名)さんだ。俺を雇ったオーナーの奥さんでもある。本名は名乗られた事がない。
「久美さん早いっすね、今日は同伴じゃなかったんですか?」
「今日はたまたま早いだけ。予約もないからこの分だと今日は暇ね。女の子も遅めに出勤だから、着替えてバックヤードで宿題でもしてていいよ」
「うっす」
バックヤードで着替えた俺は、当然宿題などするはずもなく、持ってきた漫画を読んでいた。これで時給1,500円なのだから破格である。
1時間ほど漫画を楽しんだ後、久美さんに声をかけられた。
「30分後に予約入ったから準備してねー」
わかりました。と短く返答し俺は黒服として客を案内するため店の玄関に立った。
⭐︎
日を跨ぐまで働いた後、オーナーの送りの車を待っていると少し酔った久美さんから声をかけられた。
「木葉ちゃんこんな時間まで働いて学校は大丈夫なの?」
いつもと似たような話題である。この人は俺がこの歳で働いていることを心配しているのだ。
「まあ、慣れましたんで」
「そっけないぞー。不良中学生。そんなんじゃいつまで立っても彼女できないぞー」
業界的に訳ありの人間が多いため深く突っ込まれないのはありがたいが、酔っ払いの相手をするのは疲れた体には堪える。
「もう迎えきますよ」
スマホの時計を確認し、酔っ払いの話を切り上げた。
⭐︎
オーナーの車で自宅へと戻った俺は、そっと家の玄関を開けた。祖母と二人暮らしであるため、我が家は寝静まっていた。大きな音を立てて祖母を起こすわけにもいかないので、そっと廊下を歩きシャワーも浴びずに自室のベッドに寝転がった。
「明日もあいつ来るのかな」
強引な女の事を無意識に考えていると。疲れ切った体は睡魔に襲われた。
⭐︎
翌日、学校も終わった俺は秘密基地に向かった。
秘密基地の雑居ビルに向かうにはぼちぼち人通りの多い道を通るのだが、道中であまり見たくないものを見てしまった。
あの女が制服を着た男二人に絡まれていた。
まあ明るいし大事にはならないだろうと思い、俺は見なかったことにしてポケットの中のイヤホンを取り出した。そのまま歩き出すがどうしても視線を感じる。
あまりに視線が鬱陶しかったため、そちらに視線をやると満面の笑みを浮かべた薊と視線が合った。美人の笑顔というものは、ああも迫力があるものなのかと思いながら、観念してそちらへと向かった。
「お前、もう巻きこまれに行ってるだろ」
「シカトしようとしたでしょ?ナンパされてるの、助けて」
「いや、普通に断ればいいだろ」
「男二人に絡まれたら、か弱い私は怖くて声も上げられないわ」
はあ、とため息を吐きながら俺はチャラついた高校生に話しかけた。
「お兄さんたちも、もっと行けそうな女に声かけた方がいいっすよ。どう考えても最高難易度でしょ」
「お前に関係ねえだろ!」
ナンパを邪魔されたのが不服なのか、苛立ったように片方の男に言われた。
「俺は邪魔するつもりも無かったんですけどね、知り合いが困ってるっぽいんで、今日は勘弁してもらえませんか」
男二人を見下ろし、俺は極力穏やかに声を掛けた。
「チッ!もういい!」
捨て台詞を吐きながら、二人組の男はそそくさと立ち去った。
聞き分けが良いなと思いながら俺は薊の方を向いた。
「今日もあそこに行くんでしょ?」
何事もなかったかのようにこちらへ話しかけてきた女に、こいつ今日も来る気かと思いながら、当たり前だと短く答え歩き出した。
「行きましょうか。…ところで何故あの二人には敬語で私にはタメ口なの?」
面倒臭そうなので無視して俺は秘密基地へと向かった。
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