第14話 出産

 翌日の夕方、獣人族達がクレスタの村にやってきた。


 彼らの状態は酷いものだった。クレスタの村人も栄養状態が悪かったが、彼らは更にやせ細っていた。


「まずは皆、これを食べてください。ゆっくりですよ」


 僕は獣族の人達の為に、用意した料理を振舞った。


「な、なんですかこれは?」


 最前列で皿を受け取った獣人族の男は戸惑いの表情を浮かべたあと、すんすんと匂いを嗅いだ。


「な、なんと、こおばしい……」


 だばぁと、彼の口からよだれが溢れ出た。

 すごい涎の量だ。さすが、獣人族。僕は苦笑いを浮かべた。






 僕が準備を始めたのは、彼らが到着する3時間ほど前だ。

 

 はじめにやったのは、ネギ類など、犬や猫が食べたら有害なものを食べても大丈夫かの確認だった。


 オルマルさんに聞いたところ、獣人族は人間と同じ食べ物を食べられるとのことだった。塩分が多くても問題ないそうだ。


「なら、今回はアレを作るかな」


 コックスーツに着替え、取り寄せバッグを持ち出そうとしていると


「わ、私にも手伝わせてください!」


 アティナが突然、僕の袖を引っ張った。

 

「今回の1件……私、何の役にも立てませんでした。お姉ちゃんは魔法が使えますし、シノノメさんは足止めをしてくれました。なのに私だけ……」


「そんな事はないよ。アティナがいないと相手が変身魔法を使っていると見抜けなかった」


「あれはただの偶然です。私はもっと村の皆の役に立ちたいです……」


 だから、と彼女は続けた。


「私に料理を教えてください!」


 彼女の言葉に僕はそう驚かなかった。

 そろそろ、そう言うのではないかと思っていたからだ。

 今まで彼女は僕の料理を手伝おうとはしなかった。

 その代わり、村人達へ配膳をしたり、後始末を積極的に申し出たりして、空いた時間は僕の料理のやり方を興味深そうにじっと見つめていた。


 いずれ、彼女は僕に料理を教わろうとするだろう。その確信していた。


「足手まといでしょうか?」


 僕が中々返事をしなかったせいか、彼女は不安そうな顔でうつ向いた。

 そんな彼女の頭をポンと撫でてみる。


「いや、そんな事はないよ。今回はいつもの倍の量を作らないといけないからね。助手が欲しかったところなんだ」


「助手……」


 アティナは、ぱぁと嬉しそうな顔で、「頑張ります!」と意気込んだ。





「今回作るのは『豚の角煮』と『卵粥』だ」


 卵粥の作成はアティナに一任することにした。作り方と材料だけ取り寄せ、あとは彼女に任せた。

 元々手先の器用なうえ、1週間、僕の料理を間近で見ていた彼女だ。任せてしまって問題ないだろう。


 彼女を信頼し、僕は豚の角煮の調理のみに専念する。

 

「さて、はじめるか」


 まずは、豚バラ肉のブロックを沸騰したお湯に投入し、余分な脂を抜く。


 次に圧力鍋を取り寄せ、酒、みりん、生姜、醤油、砂糖を加え、豚肉がホロホロになるまで煮る。


 コラーゲンたっぷりでぷるんとした豚の角煮が出来上がった。それを一口サイズに切り分け、アティナが作った卵粥に合わせる。


薄味の黄金の卵粥に、濃味のぷるぷるで柔らかい豚の角煮。


合わせて、角煮玉子粥だ。



「な、なんだこの柔らかい肉は!?」


「人族はこれを毎日食べているのか!?」


 料理を食べた獣人族達から、驚きの声が上がった。

 ガツガツ! ムシャムシャ! と、凄い咀嚼音があちらこちらから聞こえてくる。


「シノノメさん」


「うん。大成功だね。アティナもよくやった」


「えへへ」


 僕はアティナとハイタッチをした。




 後から聞いた話だが、獣人族の中には、今回の話を反対する者も多かったそうだ。


 当然だ。何かの罠ではないか?

 住んでいた場所を捨てたくない。

 そういう意見の者がいるのは当然である。


 しかし、この料理を食べたあと、反対の意見の者はいなくなった。

 獣人族は食べ物の恩義は特に重視するそうだ。



「…………」


 皆がおかわりをせがむ中、唯一、角煮玉子粥を口にしない者がいた。


 フエルである。


 彼は出産間近の母親にどんぶりを渡したあと、自分は食べようとせず、村の端でうずくまっていた。


「アティナ。少しの間、頼む」


 僕は配膳を彼女に任せると、フエルの元へ駆け寄り、話しかけた。


「なんで食べないんだい? お腹空いてるんだろう?」


「オレはあんた達を襲ったんだ。食う資格なんてねえよ」


 やはりか。

 僕は角煮玉子粥をよそい、彼の目の前に置いた。


 ごくりとよだれを飲み込む音が聞こえた。

 フエルは僕を睨みつける。


「やめろ! んな事したって、喰わねぇぞ!」


「君は罰を受けたいんだね?」


「あぁ。何をされても文句は言わねぇ。死ねって言われたら死んでやる」


 覚悟を込めた目で、フエルはコクリと頷いた。


「なら、僕が罰を与える。君はこれから、傷つけた者達に償いをするんだ」


「償い?」


「具体的には、怪我をさせた者達の生活を助けるんだ。特に腕を骨折している人が3人いるからね。彼らが治るまで、君が折れた腕の代わりになるんだ」


「……わかった。約束する」


 フエルが頷いたのを見て、僕は彼のやせ細った腕を掴んだ。

 僕の手の平で包み込めるほどの細い腕だった。


「なにを……」


「こんなガリガリの細い腕じゃ、手伝えないよね? 君の腕はもう君だけのものじゃないんだよ?」


「…………っ」


 フエルは言いくるめられた事に気が付き、眉を潜めた。

 僕は彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。


「食べなさい。それが君に出来る償いの第一歩だ」


 そう言って僕は持ち場に戻った。


「…………」


 少し経ってから、フエルはゆっくりと食べ始めた。





 3日後、フエルの母親の出産が始まった。

 獣人族の出産は比較的短時間で終わるらしく、陣痛が始まってから2時間というスピード出産だった。


「「おぎゃあ! おぎゃあ!」」


 産まれたのは、双子の女の子だった。

 2人とも元気なのは、産声の大きさで分かった。


 赤ん坊達が泣き声がやんだ頃、僕はオルマルさんと一緒に産屋を訪れた。

 そこには赤ん坊を抱いたフエルの母親と、その横で彼女の背中を撫で続けるフエルの姿があった。


「ほら、フエル。貴方も抱いてあげて」

 

「う、うん」


 フエルはぎこちない動きで赤ん坊を抱く。すると、赤ん坊は手を動かし、小さな手で、フエルの指をきゅっと握りしめたのだった。


「っ…………」


 緊張の糸が切れたのか、フエルの顔がくしゃくしゃになった。

 彼の目から涙がこぼれる。その瞬間、彼の表情が年相応の少年のものに戻ったのが分かった。


「オレの妹……。オレの妹だ……」


 僕はオルマルさんと顔を見合わせ、くすりと笑った。

 この選択をして本当に良かった、と。


「ありがとう……。本当に、ありがとう……」

 

 フエルは僕達の元へ歩いてくると、泣きながら、何度もお礼の言葉を言ったのだった。

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